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「春日さす」 01

  春日さす産屋のうちに吾子とありて
  まなこ閉ぢをれば小鳥らの声

※ ※ ※ ※ ※

平井保喜(康三郎)が
昭和十八年に発表した
野村玉枝の歌による
聖戦歌曲集《雪華》の第八曲。

野村玉枝の歌集『雪華』での
第39首がここで歌われている。

野村玉枝が長男を出産したのは
昭和13年1月18日、
夫が出征してから3ヶ月が経っていた。

※ ※ ※ ※ ※

 歌集『雪華』は
富山出身の歌人野村玉枝が、
昭和12年の盧溝橋事件から
夫・勇平の招集と出征、
翌13年10月の戦死を経て、
更にその二年後の昭和15年末、
国内が紀元二千六百年の祝祭に沸く中、
夫の末の弟・友吉が
民間人として支那に渡るまでの間
書き溜めてきた折々の和歌を
一巻にまとめたものである。

全477首のうち
夫の生前に詠まれたものは79首であり、
全体の5分の1にも満たない。

その意味において
この歌集は、
単に夫の出征を見送り
戦場で夫を亡くした
妻の嘆きの手記だけではない。

軍人であった夫が出征し
遠い異国の地で散ったという事実に、
妻として、人として
どのように向き合い、
どのように
心の折り合いをつけてきたか、

どのような気持ちと覚悟をもって
その後を生きていこうとしたか、

その葛藤と魂の彷徨こそが
歌集『雪華』の主題であり、
それゆえに
多くの人の共感を
呼んだのではなかろうか。

※ ※ ※ ※ ※

(遺書両親宛)
『出発したからには
 既に死亡したものと
 思ひ被下度(くだされたく)
 自分は既に覚悟をして居ます。

 戦場に於ける生死は運命とは言へ
 少くとも一個〇隊を指揮する以上、
 兵を殺して
 自分が生還するといふ事は
 考へられません。

 然し犬死は致しませんから
 安心下さい。

 戦場に於ても
 死すべからざる時はある筈です。

 死すべからざる時はつとめて
 死をさける様にすると共に、
 部下をも殺さざる様
 つとめるは無論ですが、
 必ず死を賭して戦ふべき時が
 来ると思ひます。

 玉枝や子供を指導して、
 円満なるよき家庭を作つて下されば
 それ以上
 何も申し上げる事はありません。

 只呉々も身体を大切にして下さい。』
(野村玉枝『雪華』より。原文ママ)

(続)


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