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新作薄い本用に書いた掌編小説

プラトニック・ダンサーズ K坂

 私は薄幸の美少女である。
 ちょっと前まで、薄幸の美女を名乗っていたが、気が変わった。永遠の美少女でいくことにする。
 嫌われフェロモンの持ち主であるために、通っている大学には気心のしれた友人がいるわけでもなく、家庭やその他にも仲良しがいるわけでもない。     
 そんな私の嫌われフェロモンをものともしない、クセの強い輩が集う場所、雑貨店「へめえれゑ」に私は足繁く通う。
 外界以外では…インターネットという現実と仮想現実との間と呼べる空間に、つい最近になって私は居場所を見つけた。SNSだ。
 ユーザー各個人の記事投稿、個人間のDMのやり取り、各種グループ、音声配信。一つのアプリにこれらの機能が集約されているSNSを見つけ、私は使用するに至った。
 インターネットの世界では、私の嫌われフェロモンが電波に乗って伝わることもなく、私はごく一般的な女子として振る舞うことができた。 
 誰かの投稿にコメントをつけて、その誰かからのコメント返しが来て、それにまたコメントを返して、を繰り返していくうちにDM機能を使った個人間のやり取りに発展したり、音声配信の誰かの配信部屋を訪れて同じく入室した誰かと部屋内のチャットで懇意になりやがてやはり個人チャットでの関係となり、という形でSNS内の友達が三人ほどできた。
 SNS友達の三人はいずれも女性であった。お互いどこに住んでいるのか何歳なのか何者であるかを言わないし尋ねもしない、暗黙の約束めいた雰囲気の中で私達は親密さを深めていったのだった。
 一人は、知的物言いが印象的なアカウント名・神聖皇帝びっち様。もう一人は、最新のアニメやゲームがお好きなコスプレ少女のアカウント名・ズッキュン。更にもう一人は、いわゆるパーティーピープル・ギャルという陽気なキャラクターのアカウント名・おたべ2828。この三人とそれぞれに親交を重ねている。私の知る限り、この三人にはそれぞれに面識や接点らしきものはなさそうだ。私のアカウント名は美少女沼。 
 大学の帰り道、へめえれゑへ寄るために歩いていると、公園の駐車場に見覚えのある車が停まっていた。ナンバーを遠目に確認すると高校時代の担任の車であることがわかる。私の在校時には教え子たちを取っ替え引っ替えあの車に連れ込み、よろしくやっていたものだ。私はその光景を彼らの承諾なしでカメラに収めて、その画像と引き換えに、折々に担任からお小遣いをよく貰っていた。いや、今も時々無心することがあある。元担任と私は、ある意味盟友だ。持ちつ持たれつの関係を構築していると勝手に決めつけている。
 元担任は珍しくひとり車内で、何やら携帯端末と格闘している様子である。それを横目に、私はへめえれゑの方向に歩を進める。
 自分の携帯端末を取り出してみると、着信通知のランプが光っている。ズッキュンからのDMだ。私と見つめ合う光景を妄想すると、今日一日、何も手につかなかったと伝えて来ている。私も同様にズッキュンと見つめ合っている想像を朝からずっとし続けている、と返信した。実際は趣味の藁人形作りの材料調達の算段を朝からしていたのであるが。
 しばらく歩いていると、おたべ2828から着信があった。クラブ遊びの朝帰りで午後過ぎまで寝ていたが、アルバイトのために一時間前に起き、目が覚める直前に私と身体を寄せ合う夢を見て萌えたと伝えてきた。私は赤面を表す絵文字を送信して、自分も同様に萌えている感情を伝え返す。
 へめえれゑが所在する商店街に入るあたりで、見覚えのある顔を見かけた。聖護院夕子だ。昨年、この商店街に吹き荒れた辻風騒動とともに私の前に現れた。風と共に現れ漬物石のように居座る、そんなイメージを彼女に抱いているのはここだけの話である。彼女はリョオコさんとは旧知の仲らしく、へめえれゑ店内の一角を借りて、インチキな占い師活動に励む。そんなことばかりやっているから飛び級のくせに単位を落としまくるのだと内心思いつつも、何事につけ最終的には上手く帳尻を合わせる彼女のしたたかさに舌を巻いてもいる。
 聖護院夕子は携帯端末の画面を眺めながら口元をほころばせつつ、満足気にそれを肩に掛けたトートバッグにしまい込む。ふとその光景を遠目に見ていた私に気づいたらしく、歩み寄ってきた。「へめえれゑ?私もこれから」占いのために行くのだと言う。断る理由もなく連れ立ってへめえれゑに向かうことにした。
 商店街を歩いて程なく、へめえれゑに辿り着く。入口のガラス越しに、リョオコさんがレジカウンターでなにやら携帯端末を弄り回した末に満足気な顔を浮かべ、それをカウンターに置く姿が見て取れる。私たちの来店に気づくと、そそくさとお湯を沸かし始めた。
 聖護院夕子が占いコーナーの準備を始める横で私はしばらく佇むことにした。取り出した携帯端末に着信ランプが点滅する。神聖皇帝びっち様からだ。
 
 私は薄幸の美少女である。現実世界では。
 インターネット空間では、三人の乙女とプラトニックな恋心を囁き合う充足しきった美少女である。


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