かきくらべ用に書いた掌編

さんすくみ 
 
 私は薄幸の美少女である。
 美少女であるのにもかかわらず生まれてこの方、誰からも美少女と呼ばれたことがない。両親に至っては顔を合わせるたびに“ガッカリだ“と言わんばかりのため息を吐き、私を正視することも避けている風なのであった。この一例だけを取ってみても、いかに私が薄幸の美少女たるかの証左と言えるだろう。この世の生きとし生ける全てのものどもよ、さあ、私に同情しろ。とっとと同情するのだ。
 そんな私は多趣味だ。藁人形製作とその人形への釘打ち、野外カップルの最中の記念撮影、SNSの百合相手作り、などなど多岐に渡る。そのうちの一つに、不幸の手紙送りつけというものがある。切手代の節約のために、郵便ポストへ投函せず宛先の住所の投函口へ直接配達するのである。ここ最近は、高校時代の担任宅へ日常的に配達している。配達する時間帯は早朝である。夜に配達することも考えたが、早朝の方が副産物が手に入るので、この時間帯を選んでいる。
 今朝も担任宅への郵便配達を決行するのであった。胸が踊る。
 元担任はクラス替えのたびに、その年の受け持ちクラスの女子生徒と、公園駐車場に停めた自分の愛車の中でよろしくやっている。その最中の模様を私は記念撮影し、担任からは画像と引き換えにお小遣いをもらっている。いわば担任と私は共存関係だ。
 元元担任宅に到着する。玄関先の投函口へ不幸の手紙を挿入する。ミッションは完了した。投函口の下には中身の入った牛乳瓶が置かれている。私は唇に口紅を塗って牛乳瓶を手に取る。元担任は変態野郎なので、口紅のついた牛乳瓶を目にしてエヘラエヘラしながらその部分に口をつけて悦に入るだろう。そして瓶の中身が空っぽになっているとしてもそんな事には気にも留めず、翌日この場所に空き瓶を置くに違いない。問題化を防ぐ私のコソ泥ライフハックである。
 牛乳瓶の蓋を取り、ゴクゴクと牛乳を一気飲みする。ひと仕事の後に喉を潤す牛乳の味は格別だ。このひとときのために配達をしていると言っても良い。もちろん瓶には口紅がくっきりと跡を残している。身も心も満たされた私は帰路に就いた。
 その帰路の途上、見覚えのある顔とすれ違う。同じ大学に通う聖護院夕子だ。
「おはよう」彼女はそう言いながら立ち止まりもせずに、歩を進めて行った。私は立ち止まり、そして振り返って彼女を見送る。そういえば新聞配達のアルバイトを始めたと言ってたな。もう配り終えてる時間だろうに、町中を何ほっつき歩いているんだろう。
 なんとなく好奇心に駆られ、聖護院夕子の後をつける。程なくして元担任宅の前で立ち止まった。
 聖護院夕子は、左手を押し当てて、元担任宅前の投函口を開く。いつの間にか右手に持った針金のようなものを投函口の中に差し入れた。そして、ゆっくり針金を外に戻している。戻しきった針金の先には何やら紙片がくっついている。葉書のような四角形。あれはもしや。その紙片を針金の先から取り、肩にかけたエコバックに入れると踵を返し、今来た道を戻って来る。私は慌てて物陰に隠れるのだった。問い詰める勇気が咄嗟には出ず、私は彼女の後ろ姿を見送った。大学で会った時にでも尋ねてみようかな…。
 その日、学内で聖護院夕子に遭遇することもなく受講を終えた私は、行きつけの屯場所に向かった。追い剥ぎ商店街内にある、頓珍漢な店主の営むクズな雑貨店「へめえれゑ」である。
 へめえれゑの入り口ドアを開けると、店主のリョオコさんが恐怖新聞を読んでいた。魔界から配達されるスクープ新聞である。

「なるほどね」リョオコさんが記事に目を遣りながら呟く。
「何が書いてあるんですか?」
「私が配達した牛乳を泥棒飲みする犯人が姿を現すってね」
「え?牛乳配達?」
 リョオコさんは、早朝の散歩のついでにと牛乳配達のアルバイトを最近始めたそうなのだ。牛乳…。
 恐怖新聞と私とを交互に眺めながら、リョオコさんは含み笑いを浮かべる。私は全身から汗が噴き出す感覚に見舞われるのだった。
 気まずい間を打ち破るように入り口のドアが開いた。来客だ。
「あら夕子さん」来客は聖護院夕子だった。
「恐怖新聞…」リョオコさんが手にする新聞に目を留めた聖護院夕子が呟く。
「この町で恐怖新聞を配達してるのは、一件だけのはずなのに」聖護院夕子は呟きを継ぐ。
「え?あら、そうなのかしら?」リョオコさんの顔色が曇る。
「それ多分、今日の丑三つ時に私が高校教師の家に届けた新聞…」
 聖護院夕子の言葉がとどめを刺したかのように、リョオコさんの額から汗が滴り落ちた。
 私はその場に居合わせたことを後悔しつつ、ふと聖護院夕子の右手に目を留めた。葉書のような紙片を持っている。今朝見たあれではないのか。
 紙片に書かれた文字を凝視する。身に覚えのある筆跡と文章。
「それ、私が投函した不幸の手紙…」私は思わず呟く。

 聖護院夕子の顔色から血の気が引き、汗が噴き出した。
 へめえれゑに集まった三人が、血の気が引き汗が噴き出る顔で各々の顔を見渡し合った。

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