かきくらべライブ版原稿集総集編用に書き下ろした掌編小説

 
  家具の人間 

 大型インテリア・ショップにやって来た。何か具体的なお目当てがあるわけではない。休日の暇つぶしに、ドライブがてら入ってみただけだ。店内をぶらぶら眺め歩いて、それから帰途につくつもりだ。

 タペストリーや小物にスツールといった品々が並ぶ中、ある一画で足を止める。そこに置かれたソファーには、華美な風貌の女性が、足を組んで座っていた。左胸あたりに商品タグが貼られている。何だこれ。

 怪訝に思い、眺めていると、店員の男が近づいてきた。

「それは家具の人間です。沙汀エンジニアリングというメーカーの新商品でございます」

 家具の人間?どういうことかと口に出す前に、係員が説明する。

「商品名の通り、家具としての役割に特化した人間です。誰か側にいてほしい、独りでいるのは味気ない。でも自分以外の人間が側にいるのも鬱陶しい。そんな相矛盾する感情を抱いた経験は、どなたもお持ちかと思います」

 お、おう。

 「その問題解消のために開発されたのか、この家具の人間です。家具のように、存在を意識することなくその場にいる、存在することの雑味を取り払われた誰か、そんな人間を、という企画コンセプトの元に、開発された商品でございます」

  だから家具の人間というわけか。一人暮らしの部屋に誰かが訪ねてくることもなく、特に誰かと親しく交流しているわけでもない、漫然とお一人様ライフを貪り続ける俺は、興味をそそられた。

 新商品だからなのか、少々値は張るが、目玉が飛び出るくらいの価格でもない。家具の人間を見つめながら、俺はその場で購入を決断した。

「ありがとうございます。ご決済は…あ、クレジット・カードですね。かしこまりました。レジでお手続きを。…このQRコードを、お客様の携帯端末で読み込んでいただいて…読み込みましたか?アプリケーションが立ち上がりましたね?これで、お客様の端末と連動しました。家具の人間は、あなたのお連れ様であると自己認識しました。このアプリケーションには、メーカーのAIとの連動機能もありますので、ご使用中のフォローは万全ですよ。では、そのままお連れになられて結構でございます」

 店員に促されて、先程の家具の人間の元へ引き返す。ソファーの上で佇む女性の前で、足を止める。その女性こと家具の人間は、俺の姿に視線の焦点を合わせると、組んでいた脚を解き、立ち上がった。二人連れ立って、店舗駐車場へと歩を進める。

 俺の車へ辿り着くまでに、すれ違う他の客たちが、家具の人間にちらりちらりと視線を投げかけてくるのがわかった。目立つ容姿だからな、そりゃ気になるだろう。かく言う俺だって、彼女を意識せずにはいられないのであった。

 帰宅した。アパートの一室が、今の俺の住処だ。玄関のドアを開き、家具の人間を招き入れる。家具の人間は当たり前のように部屋に入り、リビングのソファーに足を組んで座った。

 俺は、外出着を脱ぎがてら、そのポケットから、携帯端末を取り出す。通知ランプが点滅している。沙汀エンジニアリングのアプリケーションが、新着情報を更新したようだ。

 アプリケーションを開く。丸眼鏡をかけた、初老男性の顔が現れた。

「どうも初めまして。沙汀エンジニアリング・企画開発部門総責任者、″家具の人間”プロジェクト・リーダーの襟句です」

 アプリケーション向けにAI生成されたキャラクターが、実人物の代わりに、ユーザー使用のナビゲートをするということらしい。使用中に何か困ったときには心強そうだ。俺はうんうんと頷きながら、アプリケーションを閉じた。

 シャワーを浴び、夕食を摂り、テレビ番組やインターネット動画を流し見しながら缶ビールを飲み、日付が変わる前後に就寝する。半ばルーティン化した、休日の夜の過ごし方をこなす間中、俺は何かにつけ、ソファーに佇む家具の人間に目を遣る。美女だなあ。見ていて飽きないなあ。目の保養とはこのことだなあ、派手だなあ。などと、結構ご満悦な気分になった。

 この弾んだ気分のままにベッドに潜りこんで、瞬時に安眠しよう。就寝直前の歯磨きを済ませると、テーブルに置いた携帯端末の通知ランプが点滅しているのが目についた。携帯端末を手に取る。画面は、アプリケーションからの情報着信を告げている。

 画面をタッチする。沙汀エンジニアリングのアプリケーションが開いた。同時にAI襟句氏が現れた。

「襟句です。あなたね、駄目ですよ」いきなり、駄目出しをしてきた。

「駄目って何が」思わず尋ねてしまう。

「あなたね、家具の人間という商品コンセプトをしっかり理解してもらわないと困りますよ。家具と同じように、特段注目もされず、何気なくそこにいる存在。それが家具の人間なのですよ。それをあなたときたら、家具の人間に注目してばかりではないですか。襟句です」

  派手なんだから、注目しないわけがないだろう。無視できないものを作っておいて、何を言っているんだ、このオヤジは。

「いや、注目なんて生易しいものではない。脂下がった目つきで、家具の人間を舐め回すように眺めていたとは、なんとも呆れ果てた変態野郎ですよ。襟句です」

 なんだと。そりゃ確かに、注目し続けていたことは認めるが、脂下がった目つきとはなんだ。舐め回すとはなんだ。変態とは聞き捨てならぬ。

「私の考えるコンセプトを忠実に守って、家具の人間をご使用いただきたい。襟句です」

 身勝手な使用法の押し付けには呆れるが、生成がまだ精錬されきっていなさそうな、いかなる発言においても必ず名を名乗る、機械的な律儀さに吹き出してしまう。

「何がおかしいんだ。人が熱心にアドバイスしているというのに、笑うとは何事だ。この俗物め」AI襟句氏が怒声を上げた。

「うるせえな。AIのくせに、そうイキるなよ」大人気ないが、AI相手に言い返してしまう。

「なんだと。くせにとはなんだ。くせにとは。この無礼者。決闘だ。襟句です」

 何を言っているんだ、このAIは。

 画面のAI襟句氏は、決闘だ決闘だ、と喚き散らしながら、傘を振り回し始める。決闘と傘に何の関係があるんだ。面倒くさくなってきたので、アプリケーションを閉じた。

 端末にはアプリケーションの新着通知が喧しく表示される。おそらくAI襟句氏が、罵詈雑言を止め処なく叩きつけてきているのだろう。うぜえんだよ、襟句。

 鬱陶しいので、アプリケーション自体を、端末のアンインストール・メニューにドロップする。ばーかばーかと毒づきながら、削除を完了した。さようなら、襟句。

 さあ、心置きなく、家具の人間に見守られながら、安眠することにしよう。

 数日後、職場から帰宅し、家具の人間を眺めながら休息の時間を過ごし始めた頃、チャイムが鳴った。ドアを開ける。宅配便の制服を着た男が立っていた。

「沙汀エンジニアリング様からの、商品回収の委託で参りました」

 回収だと?

「商品というのは…」恐る恐る、男に尋ねる。

「ええっと、家具の人間ですね」男は、引き取り伝票らしき紙片を見ながら、答えた。

 やっぱり家具の人間か。アプリケーションを削除したせいで、沙汀エンジニアリングからの情報が、端末に届いていなかったようだ。

 宅配便の男が家具の人間を部屋から連れ出し、営業車トラックの荷台で梱包作業に取り掛かっている様子を見遣りながら、アプリケーションを再ダウンロードする。通知欄には案の定、一昨日付けのメッセージがあった。

 要約すると、企画開発コンセプトと消費者の使用実態との齟齬が多発したので、直ちに商品をリコール回収するということだった。

 AI襟句氏の押し付けがましさには辟易したが、家具の人間自体には満足している。何も回収することはないじゃないか。

 俺がAI襟句氏から暴言を吐かれたのと同様のケースが、他にもあったのかもしれない。メーカーとしては、消費者とのトラブルの元になるような商品は、早々に販売中止して回収したいだろう。あるいは、AIから察して、実人物もそう大差ないと思われる、あの短気な襟句氏のことだ、自分の打ち出したコンセプトに沿わない使われ方をされたことに業を煮やして、独断に近い形で、商品プロジェクトを強制終了したのかもしれない。

 俺は、素人推理を巡らせながら、走り去る宅配便のトラックを見送った。


 数カ月後の休日、相変わらずの暇を持て余して、あの大型インテリア・ショップに足を運んだ。

 家具の人間がいたフロアを横切る。と、あのソファーに人間が座っているではないか。家具の人間と同様、左胸あたりに商品タグが貼られている。家具の人間に比べると、簡素な風貌をしている。はっきり言って地味だ。よく見渡すと、そのソファーの周囲にあるベッドや椅子にも、それぞれ三体の人間が腰掛けている。全部で四体だ。

「お客様、こちらは無頼庵工藝舎の新商品、環境の人間シリーズでございます」家具の人間を購入した時の店員が、声をかけてきた。

 環境の人間?ジェネリック・家具の人間の類なのか?

「そうとも言えますが、こちらは、より消費者様フレンドリーな仕様となっているかな、と」

 差し出された商品パンフレットに目を通す。環境の人間シリーズを説明する画像と文章の他に、商品開発者であり無頼庵工藝舎社長である、飯野氏の顔写真とメッセージも掲載されていた。

 飯野社長の顔写真は、長髪で新進アーティスト然とした若かりし頃のものと、今現在のやや気難し気なスキンヘッドのものの、二種類が掲載されている。  

 現代アートのステートメントのような、飯野社長の小難しいメッセージ文の中に、一際目立つ太文字で、「環境の人間は、興味深いのと同じくらい、無視できない存在でなければならない」とある。

 俺は、この太文字を目にした瞬間、瞳の奥で閃光が走った感覚にとらわれた。

 襟句氏があれほど注目するなと荒れ狂った、家具の人間のコンセプトとは正反対だ。そう、何気ない存在であっても気に留めたって良いじゃないか。そうして然るべきだ。これだよ、これ。

 風景に溶け込みながらも、無視できない存在。俺は、あの家具の人間との蜜月の時を思い出した。環境の人間を購入することを、即決したのだった。

「ありがとうございます。このシリーズにはご覧の通り、四体のバリエーションがございますが、どのタイプにいたしましょう?」店員が問う。

 このフロアに佇む四体は、それぞれに、様々な職種を思わせる風貌を持っていた。四体とも興味深い。 

 しかし、一度に四体を揃えるよりも、時間をかけてコンプリートしたい。今日は一体だけにしよう。俺は、シリーズの初号仕様だという、空港職員風を選んだ。

 環境の人間にも、アプリケーションは備わっているらしい。襟句氏のように口うるさくなければ良いが。飯野社長にまで、あれこれ言われたくはない。そう思いながら、アプリケーションを起動する。その場で対峙したAI飯野社長は、「あなたがどう使おうが、こちらの知ったことではない。どうぞご勝手に」とぶっきらぼうに言い放つなり、画面から姿を消した。不愛想だが、口数の少なさは、襟句氏の饒舌さに閉口した身にはありがたい。 

 家具の人間の時と同じように、俺は、環境の人間を連れ出し、帰途につく。これからは、部屋の雰囲気に溶け込む環境の人間と、生活を共にするのだ。至福の時を過ごす光景を思い浮かべながら、俺は車のスタート・ボタンを押した。

 環境の人間を愛でる快楽に溺れ、その爛れた日常に慣れ切ってしまうだろう俺は、この先、リアルな人間と生活を共にすることはあるのだろうか。あるとしても、リアル人間との同居生活に順応できるだろうか。そんな思いも過るが、まあいいさ。そんな不安だか問題だかなんてものは、とりあえず先送りにしよう。他人に対しても自分自身に対しても無責任な性分の俺は、今この時を楽しむことにした。


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