見出し画像

かきくらべライブ版用に書いた掌編小説



  血迷い人ティータイム  

 「おたべ」
 聖護院夕子は、そう言いながら両掌に乗せた和菓子を差し出した。
 第二外国語の講義が終わった小教室で、不意に彼女が私の目の前に現れ、件の動作を示してきたのだ。
 「マヤ語を取ってたんでしたっけ?」和菓子の入った口をもぐつかせながら聖護院夕子に問う。
 「私は津軽語」
 っていうか、私と同じ大学に通ってたんだ、聖護院夕子。マヤ語か津軽語かは置いておいて第二外国語の講義を受けているということは、彼女と私は同学年なのか。
 「聖護院さんもこの大学だったんですね。二年生?」
 「三年生。単位落としたの。津軽語」
 「ああ、はあ、ああ」
  なんだか気まずくなった。訊くんじゃなかった。いやいや、津軽語を落としたあんたがマヤ語の教室に来てるからこんなことになるんじゃないの。勝手に現れて、無意味に私を気まずくさせないでよ。そういえば、講義が始まる直前に大学敷地内を突風が吹き渡った光景を教室の窓越しに見ていたことを思い出した。学外には救急車が停まっているのか赤色灯の回転が壁伝いに見て取れる。救急隊員が駆けずり回る気配もする。突風に飛ばされた人がいるのだろうか。突風とともにマヤ語教室へ何しに来た?聖護院夕子。
 「今日、へめえれゑに行く?」唐突に聖護院夕子が問いかけてきた。
 「いえ、あの、今日は」藁人形製作の為の、原料調達の買い物に行くのだった。そろそろ五寸釘が尽きてくるんだよな。
 「買い物に行った足で、そのままへめえれゑに行けば良い」
 「え?はあ、まあ、うん、そうか」
 マヤ語の他に、今日は私が受けるべき講義はない。マヤ語は昼一のコマで、それが終わった今から買い物に向かうから、夕方までにはへめえれゑには着くだろう。数分間迷った末、私は買い物帰りにへめえれゑへ立ち寄ることを聖護院夕子に告げた。
 「でも、へめえれゑに行くと何があるんです?」
 「別に。何も」
 聖護院夕子の素っ気ない返答に、私は思わず舌打ちした。
 「今日からあそこの前で占い商売するの。どうせならあなたを誘ったらって、リョオコさんに言われたから」
 またアイツか!リョオコさんが絡むと、ろくな事にならないんだから。
 でも行く。へめえれゑに行く。
 私は嫌われフェロモンを絶賛放出中の身で、自分の友達なんてものは皆無なので、日々暇をぶっこきまくりだから、このろくでなしどもからといえども、お誘いを受けるのは内心ワクワクするのだった。
 大学からホームセンターへ向かい、藁や五寸釘の調達を完了、その足でへめえれゑに直行した私であった。
 へめえれゑ入り口の扉を開ける。店主のリョオコさんと、占い商売前の聖護院夕子が、レジカウンター越しに微笑ましい風情でティータイムを決め込んでいた。
「あら、思ったよりもお早いご到着だったわね」リョオコさんが声をかけてきた。
 その言葉に、私はなぜか俄に虚栄心がムラムラと湧き上がった。
 「あ〜・・・、実は狼煙文通のお友達とやり取りしようか、さんざん迷ったんですけど、聖護院さんには先程ここへ行くと約束してしまったので、先にこちらの約束を優先させて、その後ゆっくりと狼煙のやり取りを満喫しようか、なんてこと思ってて。少し過密気味なスケジュールなんですよ・・・」
 なんだよ、狼煙文通って。狼煙のやり取りどころか、インターネット上にすら友達がいないのに。何言ってんだろ、私。しょうもない見栄を張った自分自身に激しい憤りを覚え、私は自らに毒づいた。
 「狼煙?なんだか楽しそうねえ。私は糸電話友達になりたいわ」リョオコさんが微笑んだ。
 聖護院夕子はティーカップを眺めながら呟く。
 「血迷った人たちの血迷った会話を聴くのも悪くないかな」
 悪かったな、血迷った人で。て言うか、人たち?リョオコさんと私を同じ括りで扱わないでくれる?
 「夕子さんが持ってきてくれたの。よかったらあなたもいかが?」 紅茶の入ったティーカップを私に手渡しながら、リョオコさんは言った。
 レジカウンターには和菓子が置かれていた。マヤ語教室で差し出された乳白色の生菓子、同じ形だけど抹茶色のもの、そして半円に切り分けられたかのような棒状の焼き菓子。  
 どれにしよう。私は小一時間、迷いに迷ったのだった。迷い続けて口にするのも忘れてしまっていたティーカップの紅茶は、小一時間のち口にしたとき完全に冷え切っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?