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高等遊民の夢:4月30日

こんな夢を見た。
 新居は変わった物件だった。宗旨は知らないが大きな寺の門前の、木造の古い家で、門徒が暮らしていたらしい一棟である。私が起居する居間の前はすぐ広い土間のようになっていて台所があり、壁沿いに煮染めたような古い木の棚がずっと玄関先まで並んでいる。土間は長く表通りまで廊下のように続いていてその土間に沿って左手に三つ四つ部屋が並ぶ。通りに面した一番端の部屋は客間になっていた。
 私はほとんど居間で過ごしているので他の部屋にあまり関心がなかったが、色々な人が勝手にやってくるのが少し気になっていた。寺を出入りするのであろう爺さん婆さんが多く、たまに客間で茶を飲んでいたりする。大概電気も冷房もつけっぱなしで帰っていく。あるいは美しい双子の男女がボール遊びをしている。それくらいはかまわないのだが髪をざばらに後ろで括った頬にアバタのある女が廊下の棚で食料を漁るので嫌だった。棚には寺を出入りする人々が善意で入れておいてくれる団子や饅頭が入っているのだが、それを勝手に持ち出していくのだ。戴き物なので私は咎めるでもなく眺めているのだが、私の視線に気づいた女は棚を漁る手を止めると湿度の多い目で私をジロリと睨んでから団子を掴みそそくさと表へ出ていってしまう。その視線が嫌だった。
 ある昼間、私はひと部屋に置いていたティンパニの具合を見ていた。楽器屋に薦められて山羊の皮を張ったのだが湿度の高い日本では具合が良くないようだった。調音に苦心していると人の気配がする。土間に出ると懇意にしている婆さんがお饅頭を棚にしまってくれていた。礼を言いがてら声をかけると婆さんはボソボソと何かを呟いている。よく聞いてみると「〇〇様がなまっだがら、大変かもしれない」と聞き取れた。〇〇様とは誰だったか考えたがあまり思い出せず、返事に詰まっていると婆さんは行ってしまった。ティンパニは面倒になったので諦めることにして居間に戻ると大学時分の仲間が集まっており鍋の支度を終えようとしていた。蟹が赤く茹っていて美味そうだ。腰をおろしながら〇〇様ってなんだっけ、とみんなに聞こうとした刹那、居間の襖を突き破ってボールが飛んできた。座の一同色めき立って襖を開けるといつものボール遊びをしている双子が今日はドッジボールをしていた。ボールを互いに力一杯ぶつけ合いながら「〇〇様が」「なまって」「大変」と叫んでいる。さすがにドッジは嫌だな、止めようかなと考えていたら隣の部屋の障子の隙間からアバタの女がこちらを睨んでいるのが見えた。嫌な目だな、〇〇様ってなんだろう、ドッジは嫌だな、と考えているうちに目が覚めてしまった。

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