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ねこカードに魅せられて

それは、確か、2000年ころ。アメリカ中西部の田舎町の、ウォルマートでのことだった。

当時の私はことあるごとに日本に手紙やカードを出していた。
インターネットがまだLANケーブルを繋いだパソコンからのもので、ピーヒャラヒャラヒャラといって回線をならして時間限定だったころ。

今ならいえるけど、そうして手紙を書くことで弱音をどこかに置いてこなくちゃ、その弱音の重さに押しつぶされそうだった。

倹約モードでルーズリーフに両面みっしり書いたのを格安のペラペラ封筒に入れるのが普通だったけど、ときおりちゃんとしたカードも買った。
想いが収まりきらず、その中にさらにルーズリーフをいれることが多かった。

アメリカがカード文化だと学んだのもそのころ。
みんな、お誕生日だとか母の日だとか、ことあるごとにカードを買う。郵便でも出すけれど、たいていはそれを手渡しする。

手渡しするくらいなら、おめでとうと言葉でいえばいいんじゃないの、と思うのは日本人の発想なのだろう。
カードそのものが、軽いプレゼントなのだと体得していった。

ことばより少し足されていて、プレゼントほど重くない。

そのくらいの気持ちを表すのに、カードを渡すのがきっとちょうどいいのだろう。

アメリカだけではない。
欧米のスーパーマーケットや文房具屋で、かなりのスペースがカードコーナーに割かれているのは、それだけカードを贈る習慣が一般的な証拠だ。

英語がわかるようになってくると、カードに書かれたウィットに充ちたジョークやメッセージが面白く、韻を踏んだことばなどが楽しく読めるようになっていった。

そんな2000年のある日。
ねこのカードにであった。

そのころ、私のいろいろを家に呼んで聞いてくれていた教師仲間のナンシー。
彼女の誕生日に、プレゼントと一緒に、しゃれたカードを送ろうと思ったのだ。

誕生日カードのコーナーをひととおりみたあと、ついでになんとなく絵柄で惹かれるカードを手に取っていた時のことだった。

「ねえ、よく私たち集まっては、しゃべっては食べ、しゃべっては食べ、笑っては泣いて、食べてはしゃべってるじゃない?」
「また近いうちにどうかな?」

絵もかわいいし、メッセージも気が利いている。いいな。

と、その近くにあった同じねこのイラストのカードを手に取っては次々中を開いていった。

「人生って浮かぶこと(アップス)もあれば凹むこと(ディップス)もある」
「でも、少なくとも、私たちにはポテトチップスがあるよ」
(プスの韻を踏んでいる)
「笑顔を使ってもらえるんじゃないかと思ってさ!」
「パチ!パチ!パチ!パチ!」
「拍手喝采に値します!
おめでとう!」
「バースデーってファックスみたいなもの」
「やってくるのは見えている、
だからって止めらんない!
よい一日を!」
「私たちの人生がビデオだったら…」
「…そしてイケてない時間は『早送り』できちゃったらいいなと思わない?」


みんなグッとくる、でも、ねこの(あひるも)おかげか重くなりすぎない。ちょうどいいカードたちだった。
そうして、あった種類すべてを買い込んだ。

日本の友達や、アメリカの友達に全部送って、それでも好きすぎてまた買いに戻った。

そして。
どうしてももったいなくて送れずに、最後の一枚ずつを、そのまま取っておいた。

それ以来、カード屋に行くたびになんとなくあのねこの顔を探す癖がついた。

気にしながら見てみると、意外とアメリカのそこここのホールマークショップ(Hallmark Shop-カード専門店)で見つけることができた。

ジャネルを訪ねて行ったサンフランシスコや、出張で行ったノースカロライナなんかで。
立ち寄ったウォルグリーンズやCVSなんかで、ねこカードを探しては、買い込んだ。

「あなたのお誕生日に、コンピューターで車をオーダーしたよ!」
「ごめんね、それ、クラッシュしちゃった。
あーあ、お誕生日おめでとう!」
「あなたって、私のタイプのひと…」
「思いやりがあって、
寛大なタイプのね。
ありがと!」
「もし、誰かが気にかけているってことが助けになるのなら…」
「私がその誰かだよ」
「覚えてて‐‐それはただ新しく住むところなだけじゃなくて…」
「それってさらに増えていくクローゼットのかたまりってこと!
新しいおうち、おめでとう!」
「私たちってすんごくいい友達だから、他の誰もいらないんじゃないかってときどき思うんだ」
「でもそしたら、いったい誰のことをおしゃべりすればいいのかな?」
「引退するですって?ちょっと考えても見てよー
もう朝焼けの時間に起きなくていい!
もう時計を気にする必要はない!
もう家に帰るのに渋滞と戦わなくてもいい!」
「もうタダでオフィス文具を持って帰れないけどね
おめでとうー
楽しんで!」
「ただ覗き込んで、あなたがどうしているのか知りたかっただけ。」
「あなたの一日が上向くように
笑顔を送ります」
「もしもすり減っちゃったら教えてー
また次のを送るから」

こうして最初のカードをかってから10年足らずたったころ。

クリアフォルダーにいれて取っておいたねこカードたちと一緒に、アメリカから神奈川、神奈川から東京、東京からロンドンに引っ越しを繰り返したあと。

びっくりする出会いがあった。

ロンドンからオーロラを観にいったトロムソのスーパーで、15年ぶりくらいにあの見慣れたねこたちと出くわしたのだ。

キラキラな背景で豪華になってるけど、これは確かにあの私が愛したねこカード!
もちろん中身はノルウェー語。
グーグル様によると、意味は
「あなたといるのはいつだって楽しい!」
「あなたのような友達は」
「私のようなお友達をもつにふさわしい!」

おもわず、何を書いてあるかわからないまま、買い物かごにいれていた。
そして8年後の今。グーグル様のおかげでノルウェー語の意味も理解ができた。

子供のころ、父にならって切手を集めたり、高校時代には小さな熊の置物を集めたりしていた。
そんな「収集」というほどの情熱はなかったけれど、いま改めてロンドンの自宅の文書棚をさらってみたら。
クリアフォルダーのなかのねこカードは16枚にもなっていた。

ねこのカードに魅せられた、私の小さなコレクションだ。



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