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10年くらいnoteやりたい

私は「●▼年後、どんな事してたい?」という問いかけをされるのが苦手だ。

私は気が変わりやすく、質問されたときに答えた「●▼年後の自分」になるとは限らないのと、確証を持てない答えは相手に伝えたくないから言葉に詰まるのだ。

だってもしかしたら●▼年後に思わぬ形で私はあの世にいっちゃうかもしれないし、はたまた宇宙にロケットダイブしてる可能性だってある。どうなるかなんてわかんないじゃん。それにわざわざ未来の選択肢狭めるのもつまんないじゃん。と、私の中で私が駄々をこねる。

「いやいや、そんなん難しく考えず嘘でもいいから適当に答えりゃいいだろ」って思う人もいるかも知れない。
私も適当に「そうですね、多分宇宙でぶっ飛んでると思います!うはははは」って満面の笑顔で答えたいのが本音だ。

でも結局「●▼年後の私」を確証を持って断言できないからとりあえず「他人が聞いて感心してくれるような理想の●▼年後の私」を答えなきゃと必死になり、一気に頭の中で「人が喜ぶ綺麗事」がごった返し言葉に詰まって最終的に何も言えなくなるのが私のオチである。

「へえ~!貴方ってちゃんと考えてるんだね!」って言われた過ぎちゃう気持ちが、やっぱり何処か捨てきれないでいるのだ。

まあそれは誰しも仕方ないと思う。きれいな言葉だけで人生を飾りたいし、人に「貴方の人生は美しい設計がされているのね…」とうっとりされちゃったら、実際ちょっと嬉しい。期待に応えようとしすぎるのも考えものだけど。

とはいえ、誰かの羨望やうっとりした視線のために美しい言葉で「●▼年後の私」を飾り立てる必要なんか本当は無くて、きっと「とりあえずこういうことがやりたいんです!」っていえる勇気と勢いさあえあればいいのかもしれない、とも思う。言葉にするだけならタダだから、愛と勇気欲しいなあ。

さて、そんな「●▼年後の私」を聞かれるのが苦手な私だが、一応目標はある。

それは「10年くらいnoteやりて~~~~~~」である。今さっき布団に入ってから思いついたできたてホヤホヤの目標だ。

「石の上にも3年」という言葉のように、長い間座ってみるとなんか色々積み重なってくるだろう。では、「noteという石の上に10年居たらどうなるんだろう?」とちょっと気になり、知りたくなってきたのだ。

あとまあ、なんとなく時代の移り変わりを感じられそうで面白そうだから。

10年ってあっという間かどうかはわからないが、10年やってるうちに色んな事があるだろうし、10年ありゃ書きたいことにも多分沢山出会えるかと思う。10年分の文字数っていったいどれくらいになるのか想像もつかないが、心身ともに健康でなるべく耄碌せずに言葉を書き連ねたいものである。

この目標は他人に自慢できるような美しい目標ではないと思うし、ていうか自慢する気もないし、結局どうなるかも全然わからない。

けど、マジで10年間noteにいられた時、「マジで10年やっちゃった!」と一人大笑い出来たらなんか楽しそうなので、とりあえず緩く10年間を歩んで行けたらいいなあと思う次第である。なんなら10周年記念Tシャツも作る。

そして、11年後突入したらロケットダイブしよう。

それでは本日はそんな感じで。

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