お祈りメール
就職活動が本格的になった今
受けて祈られの攻防を何度か行った。
なぜ祈られるのだろうか
お祈り申し上げます
定型文であることはわかっているが
なぜこのような文面ができたのか
私のプライドが高いせいか
祈られるたびに
哀れみを帯びた空気を感じ
虚しくなる。切なくなる。
まあ、通過者のみに連絡をする企業よりは
丁寧で暖かい対応だとは思うけれど。
知り合いの方のお子さんはお祈りメールを数個貰って、
溜まりに溜まった鬱憤が溢れたのだろう
「祈られても何も出せない。私は神じゃない。」
そう叫んだそうな…
まあ、たしかに
礼儀を重んじるこの国からは
お祈りメールはきっと無くならないだろう
だって、これが日本の正しい礼儀なのだから
今後も私は祈られるたびに
なぜ祈る、とツッコミを入れ続けるのだろう
内定ほしいなあ。
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