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生涯スポーツの結末

サムネイルは2019年10月20日開催した国際レース、ジャパンカップサイクルロードレース、娘が社内チーム、チーム ノボ ノルディスクのレースサポートをするので応援に行く。楽しみだったが、2020年、2021年は中止となる。

さて、2021年はどんな年だったか
すでに3月、個人的にそう聞かれれば、流行病以外でも盛りだくさん。
1.会社の解散
41年間続けた仕事を辞めた。64歳で失業。
2.心筋梗塞で倒れる
他のNoteでも書いたが、マウンテンバイクの練習後、帰宅途中に急性心筋梗塞で倒れて生死の境をさまよった。

成人病、DNAのなせる運命
1項目は失業保険貰い彷徨している途中だ。今回は2項目に関しての話。
医師が「久しぶりに見る」と呟くほどの重症だった。
心臓のメインの右冠状動脈、左主冠状動脈など全て詰まっていた。今時ここまで放っておく人は珍しいと言われる。
それでも適切なカテーテル治療をしてもらい生き残った。しかし生き残れば今度は何処まで回復するかが気になってくる。

私の体、身長167センチ 体重61キロ BMI20、35年間トライアスロン、マスタースイム、マウンテンバイクを続けていた。その前は中高でサッカー、大学でモトクロスレースに出ていた。モトクロスは人生かけていた。
そんな生涯スポーツを実践した人間だった。

つまり基本、成人病とはほど遠い生活を送っていた。一方故障と怪我は多かった。それはスポーツをやっている限り付きまとう。
医師の私見では、要因として遺伝的、家系的特質だろうということだ。つまり避けられない運命。

ちなみに病院に運ばれた時、マウンテンバイクの練習後なので、ヘルメットとゴーグルは外されていたが、自転車ウエア、専用のビンディングシューズ、胸には心拍計を装着している状態だった。戦闘服に身を包み、そんな感じだ。
過去、モトクロスウエアで救急車で運び込まれたのが1回。自転車ウエアでは今回で2回目だ。常にヘルメット付き、スポーツ中のアクシデントだった。

さて、今回唯一、医師が呆れた点、なんと健康診断も人間ドックもここ10年程受けていなかったのだ。かかりつけの病院は整形外科だけだった。
そんな64歳(2021年7月現在)。これには諸事情もあるが、私は基本的に病院が嫌いだった。

リハビリと言うトレーニング
カテーテル治療後、直ぐに心臓リハビリをやらされた。内容的には持久トレーニング、心拍数を目安としたトレーニングだ。
ちなみに長い間、スポーツマンとして、私は無策で現役を続けていたのではない。
科学的トレーニング、怪我対策、疲労回復、体のメンテナンス、老化の対策など常に体の事を考え続けていた。

理学療法士とかのプロではないが、ある程度の専門的な知識は持っていた。倒れる数日前、自分の心拍数の異常さと肩から腕の違和感にも気づいてはいた。しかし何時もの蓄積疲労だと思っていた。
結果的にそこがまずかったのだが・・・。

さて、心筋梗塞なので、心臓は壊死している部分もあるそうだ。末端の血管は石化している。これらは元には戻らない。
治療後の心エコー検査では、心臓機能(左室駆出率)38.2%だった。 健常者は50%から80%だ。なんとか生きている程度、激しい運動は難しい。
年齢的にリハビリ担当の医師も、理学療法士も、心臓機能は回復しないと言う。
「希に回復する人もいるが、それは希だから期待しないで、現状維持する為にリハビリに励んでください」

元々の病状(重傷)から、快復ではなく生きる程度の回復なのかと残念な気持ちになる。
でも今まで費やしてきたスポーツの練習量は1万時間以上。それが無駄になる。
このままでは終われない。反骨精神がムクムクと湧き上がってきた。
「とにかく、やってみよう」

ただ、一筋の望みもあった。
初日に緊急対応してくれた女医さんは、
「その体と年齢で、何故ここまでポンコツで、突っ込み所の満載した心臓になっているのか、血液検査でも年齢的には人並みで悪くはない、不思議だ。最後は遺伝的要因となるけど・・」と言う。
また入院中、血液検査で白血球が多いとか、炎症があるとか、
「理由が分からない」と色々不思議がっていた。
「でも、心肺機能は50%は行くのでは」とも言ってくれた。
そう可能性はあるのだ。

私は、何度も経験した骨折や怪我のリハビリと同じ様に、回復すると信じ自分でメニューを作り、トレーニングを開始した。ちなみに自宅でのリハビリに休みはない。リハビリは可能な限り無理をするしかない。テーパー(休息)など必要ない。

目標はとりあえず健常者以上
リハビリの目標は、心肺機能、AT値、最大酸素摂取量を上げることだった。
無酸素運動は心臓にまだリスクがあるので、取りあえず自宅でAT値を高める運動を始めた。

筋力も落ちていた。老人は筋肉が直ぐ落ちる。怖いくらいだ。
老人にとって筋トレは重要だ。ただ余りキツいと心臓に負担がかかるので、有酸素の範囲で筋トレも始めた。
機材はGTローラ台、ヘビー・ハンズ(ダンベルの一種)とポーラルの心拍計。時間と心拍数を基準としてトレーニングをする。
GTローラ台、実走感覚に近く捻れがないローラ台。画期的な製品だ。値段は結構するが、もう元は取っている。

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トレーニングデータはエクセルでまとめた。血圧、体重も毎日定期的に測定してデータ化した。試合とかが目標ではないので、毎日の習慣化が重要だ。

まずローラ台は30分から始めた。今は60分となった。最終的には100分位まで行きたい。
病院のリハビリセンターへは週1回程度通う。ここではリハビリをすると言うより、理学療法士への質問と状況の相談がメインだった。

時間割
35年以上に及ぶスポーツ競技への参加、勝負するための継続的な鍛錬をしていた。そんな生涯スポーツ。努力の必要なスポーツを続けていた。
だから継続することに苦痛にはない。問題なく耐えられていたい。

ただ時間の浪費がこの年齢にとっては辛い。
残り少ない人生、他の事にも時間を使いたかった。砂時計のように時間が流れていく。もしかすると無駄な時間かもしれないという不安は常にある。

退院後、平均的な1日
7:30  起床、血圧、体重測定 食事(簡単に)薬の服用 朝ドラを見る
8:30  仕事は殆ど無いが、パソコンに向い文章を打つ、調べ物 雑用
10:00  家事(掃除、洗濯、食器洗い)たまにリハビリ、長時間の散歩
12:30  食事(たまに作る)
13:30  フリー、本読んだり、Netflex を観たり、買い物はほとんどしない。自転車整備、ギター練習など
16:00  リハビリ(トレーニング) 
18:00  フリー、本日感じた事を文章にすることが多い、FBにアップ。
20:00  食事、風呂、血圧測定、ネットを使用する事がおおい、読書
24:00  寝る。頑張って寝る。

55歳の頃、色々あり仕事と母親の介護をしながら二重生活を送っていたことがある。それに比べれば、天国みたいな状況だ。
これほど、音楽を聴き、映画を観た日々は初めてじゃないかなぁ。文化面で浦島太郎になっていた。

回復
小さいことでも継続すれば人の体を徐々に変えていく。過去何度も経験した事実だ。一応目安は3ヶ月、6ヶ月、12ヶ月後、体の組織は一変する。
3ヶ月目で体調の変化に気づいた。順調に回復しているようだ。
トレーニングの成果は、アナログ的には現れない、階段上にデジタル的に成果が出てくる。
12月末、リハビリ開始から6ヶ月、2回目のCPX検査(心臓負荷検査)を受けた。

結果として
AT時酸素摂取量 同年代代の健常者の144.0%
最高酸素摂取量 同年代代の健常者の125.0%
心臓機能(左室駆出率)55.5%
体重 57.3キロ→59.2キロ 筋肉が約2キロ増加、体脂肪率は変化なし。
結果は驚くほどだった。

用語説明
1)Peak VO2(最高酸素摂取量):これ以上もはや運動ができないという強度における酸素摂取量。
2)AT値(嫌気性代謝閾値):有酸素運動が無酸素運動に加わる時点での酸素摂取量(乳酸を蓄積することなくできる運動)
3)心臓機能:最大負荷時の心拍出量(心ポンプ機能)の指標

心エイコー検査で、壊死した心臓も健常者のレベルまで復活していた。
リハビリ担当の医者もどうしてだから分からないと言う。
たまに若いスポーツ選手にそんなことがあるそうだ。

65歳(8月が誕生日)の爺さんでは例は少ないのか、顔が呆れていた。そして言う、
「寿命が延びましたよ」
「マジですか」
「エンジン(心臓)が復活したからね」
医師にとっては一言で終わりだけど、私の人生はようやく好転した。
理学療法士には、「素晴らしいです。内のスタッフよりよくやっている」
と褒められた。
取りあえず小さな勝利を得た私だった。

生涯スポーツ
トライアスロン35年間、さらに12歳から中高サッカー部、大学ではモトクロスとスケボー、50年以上スポーツを続けていた。
常に能力向上のため、体の事を考えていた。
家族もあり、仕事もあり、そして母親の介護しながらもトレーニングをしてトライアスロンを続けていた。トライアスロンやOWS(オープンウオータースイム)で年代別で表彰台にも上がった。
人並みの努力では駄目だと思っていた。若い頃は結構出血多量の時もあった。でもそんな長年の蓄積があるから出来ることだと思っている。
生涯スポーツは続けた価値はあった。

楽しさ
1985年、左からスイミングクラブのコーチ、JO(ジュニアオリンピック)選手の中学生。デカイ中学生だが、よく私に懐いていた。
中学校の卒業式、先輩を殴ってしまい。暴走族にしめられると電話があり、カスタム化した派手なダットサントラックで救出にいった。そんなことを思い出した。ちなみにこの小僧、水泳は速い。

「おっさん、駄目だよ、もっとキック!」よくご指導を受けていた私。
いろんな年代の仲間が出来る。それが生涯スポーツのメリットだ。
同姓代の身内で集まるのが好きな人達もいるけど、私には向かない。
ちなみに、まだクラブで私は泳いでいる。
ここ半年は諸事情で休んでいるが、足かけ35年目のスイマーだ。

スイムを続けている限り仲間はいる。止めれば仲間は消えていく。

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