トライアスロンの自転車 1台目
始まりは酒の席
1983年、長く続けていたモトクロスレースを引退した。モータースポーツをフルタイムのサラリーマンでやり続けることは不可能になっていた。
28才、ようやく普通のサラリーマンとして生活をする。
しかし、忙しく生きてきたので時間を持てあましていた。ともかく身体の為に運動はしようと思い、近所のスイミングクラブに行くことにした。
元々ある程度泳げていたので、クラブで4泳法を直ぐに泳げるようになる。
練習もマスターコースとなり、記録会などでタイムを計るようになっていた。
そんなある日、練習後、若いクラブ員の1人と飲みにいった。
彼は独特の世捨て人みたいな雰囲気を持つ若者で、しかも酒は異常に強い。そして酔いつぶれている私に、永遠とトライアスロンの未来とその魅力を語り出した。
記憶は定かでは無いが、翌日のプールで、
「一緒に、アイアンマンへ行きましょう!」と言われた。
そうなのだ。私はトライアスロンをすることになっていた。
アイアンマンレース、スイムは3.8km、バイク180km、ラン42.195km。
壮大なレースだ。
半端な計画では無理だと思い。また忙しい生活に戻っていく。
スイムはさらに強化する。マラソンのため、毎日走る。そして一番の問題が自転車だった。
自転車、ロードレーサーを手に入れる必要がある。そうしないと練習が出来ない。
ロードレーサーとは
この時代、街中でほとんど見かけない自転車だ。近くに京王閣競輪場があるので、競輪の選手はたまに見るが、かなり違っていた。
イメージ・・・として。
中学生の頃に乗っていたブリジストンロードマンのようなドロップハンドル、変速機付きの自転車で、競輪自転車のような細いタイヤをはいている。
そんな程度の知識だった。それとロードレーサーの入手方法が分からなかった。
まずは、自転車雑誌で学習する。ある程度知識武装し、雑誌広告にある近所のスポーツ自転車を扱っている自転車さんへ行くことにした。
地元で唯一のスポーツ自転車屋、神金自転車商会へ行く。
そこで初心者ということを言って、そこの親父さんと相談し、店で作った安価なフレームを使って、総額10万円程度の予算で自転車を組んでもらった。
この時代、試合で使えるロードレーサーは有名工房のフレームビルダーが、専用パイプ(レイノルズル(イタリア)、コロンバス(フランス)、丹下(日本))でチネリなどのラグ(部品)を使って組むものであった。
ホイールもマビック、カンパのホイールをシマノ、カンパのハブを使って組むものだ。
つまり、ロードレーサーのフレームは専用のクロモリパイプを溶接して作る。ホイールも手で組む。
変速機やブレーキなどのコンポはこの時代、カンパ、シマノ、サンツアーなどがあり、組み合わせて完成車としていた。
今回は日本製の丹下の安いクロモリパイプで組んだフレームを使った。
レースで使える程度のコンポで組み。ホイールは国産のアラヤとした。
今のロードレーサーとの一番の違いはタイヤで、幅21mmのチューブラタイヤを使う。タイヤをセメダインでホイールに貼り付けて使う。これには少々驚いた。
トライアスロンに参戦
1985年の天草トライアスロンが初レースだった。
これは1987年の第3回宮古島トライアスロンでの写真。
ロードレーサーの第一号と私。
フレームは説明したように丹下NO.2を使っている。 車体の総重量は12キロを超える。
ハンドル形状として今はほとんど使われないシャロータイプ。バーテープは競輪ようの薄いビニール。
コンポ Shimano 600 SISがないもの。 前2速 後8速。
シフトはレバータイプ、ダウンチューブ付け。
ホイールはアラヤのチューブラホイールで32穴だったと思う。ハブはシマノ600、スポークは15のプレーンかな。うろ覚えだ。
タイヤはビットリアのチューブラ。サドルの後ろに予備タイヤを2本括り付けている。
サドルはセライタリア。
キャットアイのスピードメータがデカイ。前輪の黒い丸い輪がセンサー。
ウエア・・・レトロだ。
トライスーツなどなく、自転車ウエアに着替えている。グラブもつけている。上着の素材はぴったり素材ではない。ジャージ風だ。
ヘルメット、当時ロードレースの選手はノーヘルかカスクで、他は競輪用のデカイヘルメットしかなかった。
唯一の選択肢として、現在Kabutoブランド、OGKのスポーツサイクルヘルメットがあった。これは自転車ヘルメットの黎明期の代表作だ。
中野浩一選手も世界戦でかぶっていた。
ペダルはトークリップタイプ、足を縛り付ける。自前の写真がないので、ネットから。
シューズはスリットをペダルに差し込み安定させる。薄い革製だ。釘で固定する。30年前なので写真もないので、ネットから似ているものを一つ。
以上昔話となっているけど、これから30年以上自転車に乗り続けることになる。
2台目のロードレーサーは結構お金と新システムをつぎ込むことになる。
1台目は、こんな形となって友達の手に渡った。
続く。
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