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100年七夕

■エピソード1 
 七夕の日、キャンプ場で花を飾る。
ちょっとお洒落な感じとなる。
朝から降っていた雨も止み、雰囲気もよくなったので、俺は夕刻から気持ちよくビールを飲む。
つまみは炭で焼いたと焼き鳥と枝豆、両方とも美味い。飲むにつれて濃い酒が欲しくなり、芋焼酎の水割りに変わる。
辺りは次第に暗くなり、シューと言う音とともにコールマンのシングルランタンが灯る。
ランタンの音が俺を眠りに誘う。

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 眠りから覚めると、そこは霧の中だった。ランタンも消えかかっている。白い靄がキャンプ場を包み混んでいる。テーブルに飾った花も見えない。
立ち上がると霧に体が包まれ平行感覚がなくっていく。
水が飲みたかったので、テーブルがある方向へ足を一歩踏み出す。
テーブルがあるとおぼしき所で手を差し出すと、霧の中に光るものがあった。
どうもテーブルの上にその光源はあるようだ。差し出し手から光の輪が急速に広がり俺の体を包み込んだ。
あまりにも光が明るいので、周りが全く見えなくなった。そして身体が浮遊した。

俺は上昇し続け霧を突き抜けた。なんと空に浮かんでいる。眼下にはキャンプ場だけが白い雲に包まれていた。
見上げれば満天の星空、左に八ヶ岳の山々の黒いシルエットが見える、その上に星の川があった。
「天の川だ」
なんて美しいのだろう。

暫くの間、星に見とれていると、隣に人の気配がした。
「こんばんは、彦星(ひこぼし)、段取りが悪くってごめんね」それは美しい女性だった。
「えっ、誰?」君の名は、その唇を見て、100年の歳月の記憶が蘇ってきた。
「そうか思い出した。織姫(おりひめ)、今年は珍しく晴れたから、全く忘れていたよ」
「そうよね、ここ100年、日本は異常気象で七夕は雨ばかり、忘れていて当然よ」
「だよなぁ」
「じゃぁ、まずはキスして」
「いいよ」
俺は彼女の手を引いて天の川にむかった。

■エピソード2 
 朝から雨、京王線が人身事故でストップした。市川の客先に出向いている途中だった。このまま都営新宿線に乗り換えて本八幡に向かう予定が狂った。
今いる明大前から井の頭線に乗り、小田急線で新宿へ向かうことにする。
想像以上に混雑して、人の波に翻弄されている。まるで海に浮くペットボトルのようだ。俺ってゴミみたいだな。
そう言えば先週末も雨だった。

先週の金曜日も帰宅時に、京王線が人身事故で全面ストップした。この時は新宿で中央線に乗り三鷹駅で降り、バスで自宅のある深大寺へ向かうため、バス停に向かった。
そこは雨の影響もあり、長蛇の列。人、人、人だ。
皆押し黙り、能面の様な顔をして並んでいる。100人近い人間の「イライラ、苛々」その怨念が雨空を埋め尽くしていた。

人が多すぎて、どの列がどの系統のバスか分からず、俺は適当に調布行きの表示のあったバスに乗る。
これが間違いだった。これは天文台通りを通るバスで自宅から遠のくばかりだ。結局三鷹の大沢のバス停で降りた。
仕方なく雨の降る中、東八道路を歩く。どうせなら三鷹駅から歩いた方が潔かったかなと、ぐずぐずと考えていた。

時間も午後8時を過ぎ、腹が減った。気づくと「ラーメン二郎」があった。こんなところにあの人間の胃袋と満腹信号の限界に挑戦するラーメン二郎があった。いやよく見ると「ラーメン二郎ズ」か、紛らわしい。
俺は「戦争を知らない子共達」を口ずさみ、カウンター式の狭いラーメン屋に入っていった。
「いらっしゃい」と少々小太りの胡麻塩頭の親父さんがカウンターの向こうから声をかけてきた。

「実はね、俺、京王線の人身事故で、まだ帰れないんだ」
「へー、そうかい」
「ラーメンと餃子ね」俺は無難な注文をした。
「お客さん、今日は二人目だよ」
「え、なにが?」

「電車の事故で、ここに来たとい人がもう一人いるよ」
「へーっ、それは奇遇だ。一体何万分一の確立なのだろう」
その時店の右奥のトイレの戸が開いた。
「その確率は2300億万分の1ね」黄色のサーマーセータに濃い緑のアース色のレギンスをはいている女が俺を見て言った。ストレートの黒髪で背は高い。
「また会えたはね」その女が言う。

俺は100年の歳月の記憶がまた蘇ってきた。
「そうか、捕まったか、上手く逃げおおせたと思ったのだけど」
「残念ね、あなたの事は全部お見通しよ」
美しい唇に笑みが浮かんだ。

しょうがないので、近所の深大寺ホテルへしけ込んだ。俺は頑張って織姫を満足させて油断させる。
寝入ったその隙を見て、逃げ出した。

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 翌朝、調布駅のホームは人で溢れていた。
なんと雨でトラックがスリップして踏切事故だ。京王線は全面ストップしていた。デジャブだ。
どうするか考えていると、背後から女の声がした。
「人は何度でも同じ過ちを繰り返すの、逃げても無駄よ」
ほのかにPOISONの香りがする。昨日もベッドでこの香りを嗅いでいた。振り向くでもない、また捕まったようだ

■エピソード3 
 昨日からクライアントのネットワーク障害で、現地にSEが行っている。昔みたいに現地で、SEの判断で処理してくるということは最近ない。色んな事で俺に電話で判断を仰いでくる。報告すれば自分の責任が消えると思っている。

ここ10年で日本は超管理社会になっており、アバウトさ、ルーズさを許容する余裕が消えた。そして管理という仕事ばかりが増え続ける。
何でも白黒つけて、正義か悪か、まるでオセロゲームのようだ。
こんな偉そうな事を考えていると何故だか眠くなる。最近寝不足なのは確かだ。ただその理由が思いだせない。昼飯前に眠いなんて、でも結局寝てしまった。

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 目が覚めると森の上にいた。浮かんでいる。
眼下には森と海岸が広がっている。緑のベルトがインデイゴブルーの海岸沿いに地平線まで続いている。壮大で綺麗だ。
「どうです、凄いでしょう、100年でこんな森になりました」
「えっ」なんと同じように宮坂さんが浮かんでいる。
「森の堤防です」
このお爺さん、死ぬまで植林を続けていた偉人だ。
「凄いですね、でもこれで大丈夫なのですか?」
「わかりません、相手は自然です。でも何かをやりたかった」
「そうですね、やってみなければ何が正しいか、わからない」
「ほーっ、素晴らしい、おっしゃる通りだ。自然には善悪はないです」
「ですね」
「では失礼いたします。こちらでも色々と忙しいのですよ」
そして目の前から消えた。それと同時に俺の体が落下する。森を凄いスピードで突き抜け、地面に降り立った。

何故か、降り立ったのは高尾山の山頂だ。面倒くさいところに降ろされたものだ。時計をみるともうすぐ午後1時だ。携帯電話も持ってないし、とにかく会社へ戻らないと。
振り向けば青々とした山の稜線の向こうに、夏の黒い富士山が見える。
俺は駆け足で登山道を下った。

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 喉が乾いたので高尾口駅の前で水を買おうと自販機に前に立った。
財布を取りだそうとした。
「あれ、ない」財布がない。
「そうか」思い出した。
財布は上着の内ポケットの中だ。つまり会社のロッカーにある。今度はズボンの後ろポケットに手をやる。定期はある。これで買おう。
「あれ・・・」
見るとPASMO対応してない自販機だった。
「ここは100年前か」
「困っているみたいね」振り向くと、薄い水色のノースリーブのワンピース、素足に赤いサンダルを履いている若い女がいた。髪は後ろで束ねてポニーテールにしている。
「ええ、ちょっと財布を忘れて」
「そう、それは大変ね。それと私のことも忘れていない?」女は小さく首をかしげた。
その時またまた100年の記憶が蘇った。
「なんだ、君か」
「残念ね、彦星、でも安心して、これはサークルゲームじゃないから、これで終わりよ」
「終わりか、よかった」
「そう、終わり」
「それで・・君は満足したの?」
艶のある唇がキュートな織女が笑った。

「100年分をなんとか楽しめたわ、最後にもう一度キスしてくれる」
俺は彼女に唇を重ねた、森の匂いがした。
そのとたん、俺と織姫は天空へ向かって上昇した。下を見ると若い二人の男女が自販機の前にいた。
俺達の抜け殻だった。
「あの二人はどうする」俺は織姫に聞いた。
「さあ、後は彼ら次第ね」
「冷たいなぁ、散々楽しんだくせに」
「貴方もおなじでしょう」


■エピソード4

 妙な虚脱感に襲われていた。気づくと自販機の前だった。
「大丈夫ですか」先ほど俺に声をかけてくれた若い女だった。
「すこし立ちくらみがするんです」
「私も、今まで意識がなくなっていたような気がする」
「あなたもそうですか、俺も今目覚めたみたいで、記憶も少し薄れていて、でも気持ちは悪くはない、そんな感じです」
「そうだ、財布を忘れたんでしょう」
「はい、それとお腹がすいた」

(定期入れを見て・・)幻聴か。
俺は定期入れを取り出した。PSOMOを抜くとその下に1万円札があった。あれ、いつ入れたんだろう。
「大丈夫です。お金はありました。これで飯食べます。ありがとう」
「まさかの時のお金ですか」彼女は1万円札を指さして言った。キュートな唇に目が釘付けになった。よし思い切って言ってみる。
「そんな所です。ところでお昼は食べました?」

「いいえ、これからお蕎麦でも食べようかなと」
その唇で蕎麦をすするのか、いいなあ。よし一押しするぞ。
「あの、折角だから、一緒にどうです。無論奢ります」
「えっ本当に、ありがとう、じゃぁお言葉に甘えます。それにしても、昔どこかで会っていません」
「そうだね。ここ2,3日君と一緒にいたような気がする」
「私もそうなの」
(上手くいったでしょう)また幻聴が聞こえた。

「そう言えば、久しぶりに七夕が晴れましたね」
「そうですね、ネットで100年ぶりだって言っていました」
「100年ぶりって凄いですよね」
「はい」
彼女が微笑む、その笑顔に何故かゾクとする俺だった。

■エピソード5

大英博物館にあるロゼッタ・ストーンを見た時、前にいたカップルが石を見て話こんでいた。
「ここまで来るの」男が言う。
「当然よ、私は星だから」

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