トライアスロンの自転車 3台目
マウンテンバイク
2005年、マウンテンバイクが自分の自転車ライフになっていた。夏場は山梨、長野のレースへ家族とキャンプしながら参加した。この頃は家族のレジャーだった。
よってロードレーサーで練習する時間もなく、トライアスロンの試合本番でしか乗らなくなっていた。
毎年夏場に参加していたシマノのレース、長野のスキー場だ。天気がいいと明るい雰囲気となる。
トライアスロンの競技化
トライアスロンもアイアンマンとオリンピック種目となるトライアスロンは別物となっていた。
ジュニア選手は当然のように短い距離のオリンピックディスタンスのトップを目指しており、ロングのトライアスロン(アイアンマン)の参加者の平均年齢は上がっていた。
自分はどちらかというと、競り合いのある方が好きだったので、トライアスロンは、アイアンマン系にほとんど出場しなくなった。ちなみにロングに対する練習時間も無かったのだ。
ロードレーサーブーム
一方自転車のロードレーサー、世の中ではブームとなっていた。フレームもカーボン、アルミの工業生産、既製品となって、販売店も増えていた。
そんな時代の流れで、クロモリのロードレーサーを試合で使う人は少数派となっていた。
オリンピックディスタンスのトライアスロンは、競技化し自転車もウエアも世界基準の規則ができていた。自転車の規格はロードレースと同じで、厳しい。
一方、ロングトライアスロンの方はTTバイクが普通になってきた。ここはまだ緩い規定だ。
新しいロードレーサーを買う
私は既にロングのトライアスロンには出なくなっていたので、普通のロードレーサーを3台目として購入した。
キャノンディール(Cannondale)SIX13 アメリカ製(チャイナ、台湾製ではない)
この頃、キャノンディールを扱っている店は少なく、マウンテンバイクのショップで取り寄せてもらった。
アメリカ製ロードレーサー
この時期、日本で、キャノンディールと言えばマウンテンバイクだったが、ロードレーサーブームで徐々にロードレーサーも売れてきた。
トレック(TREK)スペシャライズド(SPECIALIZED)などアメリカの自転車メーカーが凄い勢いだった。欧州の本場のロードー界にも殴り込みをかけていた時代だ。
今はなきバイクショップ
府中のマウンテンバイクショップAKAHORIで購入、店長がロードレーサーなんて組んだことないから、心配そうに、「おかしな所ある?」と聞くので笑ってしまった。
ここのご主人、5年前に若くして亡くなり、お店は無くなってしまった。
ここで購入したマウンテンバイクとこのキャノンディールにはショップのシールがまだ貼ったままである。
最新ロードレーサーで遅くなった
レイノルズ531で組んだロードレーサー(ペガサス)から、このキャノンディールに乗り換えたが、当初全く上手く乗れなかった。
あの時は「嘘だろう」と思ったが、今思えば当たり前だった。
この違いはフレームの材質、剛性も関係するが、一番はフォーク形状だ。
今までベントフォークのクロモリに乗っていて、突然、カーボンフレーム、カーボンのストレート(やや曲がっているが)フォーク、ついでにタイヤがチューブラからクリンチャーに変わった。さらにコンパクトクランク(小さなギヤ比)仕様だった。
フォークの違い、ネットだとこんな感じで書かれているが、昔はトップレーサーのTTバイクもベントフォークだ。当時最速だったグレックレモンもベントフォークだ。これは乗ってないと分からないと思う。
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ストレートフォークは「機動性」に、ベントフォークは「安定性」に優れる
ストレートフォークは「剛性」に、ベントフォークは「衝撃吸収性」に優れる
ストレートフォークは「レース系」、ベントフォークは「ツーリング系」の活動に向く。そうかな?
グレッグ・レモン(ツール・ド・フランス)
乗り味(個人の感想)
キャノンディールを乗ってみた。コーナーの立ち上がりで、神経質なハンドル操作が必要、雑に踏み込めない。回転をあげる方向がいい。
ベントフォーク(クロモリ)だと、座っても、立ってもガンガンと重いギヤを踏める。自転車がしなるように前へ進む。ペガサスのつもりで、漕ぐとぐらぐらする、ハンドルを振ると倒れそうになった。
これは乗りこなすまで時間かかるなぁと思った。またタイムは直ぐに良くならなかった。
でも徐々に身体が慣れた。身体を合わせていく方が、自転車を改造するより簡単だ。(その方が安上がり)
ちなみに現在ペガサスに乗ると動きが鈍く重い感じがする。
でも昔の乗り味は悪くはない。
再び
キャノンディール(Cannondale)SIX13、2007年からトライアスロンだけに使っていたので、稼働率が非常に悪い自転車だった。街乗りでは神経を使うので、練習もしなくなった。
しかし、転機が訪れる。2012年、娘が大学の自転車競技部へ入部して、ロードレースを始めたのだった。
そうなるとレース魂に再び火がついた。
ロードレースで疾走する娘。
一緒に練習したり、大学の試合の応援とか現場でサポートもした。
さらに自分も再び、ヒルクライム、クリテリウム、エンデューロなどの試合に出るようになった。
ようやく純レーサーであるCannondale SIX13の本来の力を出す機会を得た。
その後、私も60才を越え、自転車レースにも参加しなくなった。
残ったのはトライアスロンだけだったが、それも、心臓を患ってしまい65才で引退をした。以上がトライアスロンの自転車クロニクル。
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