生きる意味を探って。。劇場から

なんのために私はいるのだろう。今、私たちにできることは何なんだろうか。この劇場という場所で、私たちが未来のために今を生きる人のためにできることはなんだろう。そして、私自身はなんのために生きているんだろう。そんな疑問がこのコロナの騒動による自粛期間中に何度も脳裏をよぎった。

現在の私は正直、日本の文化政策に対して絶望している。多くの人が知らないところで流れる何億ものお金。一部の利権を持つ人だけが享受できる恩恵、そしてそれらを独占しようとする人々のあり方。これでは日本の文化は衰退していくしかないのだろう・・・そんな気持ちにさえなる。

なぜ、誰もこの日本の政策のあり方について言及しないのだろう。誰かに暴いてほし。そんな気持ちが押し寄せてくる。本当に劇場を開ける意味があるのだろうか・・・多くの舞台関係者の劇場再開の声を聞きながらも、前向きになることができなかった。もちろんそこには感染への恐怖もある。「十分な対策を講じた上での再開」。。。ワクチンもない未知のウイルスに対する十分な対策とは?観客の分でさえも十分な用意ができていない消毒液とマスクが、劇場で働くスタッフの分まで用意されるとは思えない。働くものの安全を確保されない中で、業務につかなくてはいけないことの恐怖に苛まれる。

恵まれた環境にいることはわかる。こんな状況の中でも任期付き職員であるにもかかわらず、解雇されることなくお給料も満額もらえている。生活が保証されているだけでも文句を言うべきではないのかもしれない。ただ、今の職場でいわゆるよそ者である私の発言はいつも疎ましがられる。期間雇用であり、未来もない。そんなところで働くことの意味はなんなのだろうか。

こんな負の気持ちから、立ち上がることができなかった。

そんな時、ある美術館が公開している動画を見た。学生時代に美術史を学んだこともあり、本来私は美術の道に進みたかった。だから、美術館というものに強い憧れを未だに抱いている。ある美術館を含め何箇所も美術関係の採用試験を受けたものの不合格で、あぁ自分はこの世界では認められないのだ・・と大いに傷つきもした。

ここで、その動画を見て、自分の役割を改めて感じられたとか、意欲が沸いたなどと記載できたらいいかもしれないが、今はとてもそんな気持ちになれない。多くの人が自身の役割を認識し、このような状況の中で懸命にもがいているにもかかわらず自分は不満を抱くばかりで何もしていないという現状を再認識し、不満のうえに情けなさが上塗りされている。

今はそんな気持ちだ

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