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85. 本来の「もてなし」は「オ・モ・テ・ナ・シ」とは、かなり違う

           写真:千利休の肖像と茶室建築(Wikimediaより)

 在日韓国人の友人Lさんが、韓国と日本でサッカーのワールドカップが開催された2002年、ぽつりと話しました。

 「日本と韓国の試合が熱を帯びると、つい日本を応援してしまう。が、横で息子は韓国の応援に熱くなっている。不思議なもんです」

 それほど日本に馴染んだのなら帰化すればいいような気もします。が、彼は、日本と世界のあれこれの理非を見極めるために、2つの国の境界に居続けようとしているようです。

 さて、話が変わりますが、日常生活圏から旅に出ると、普段は出合わない物事に出合います。それが旅の醍醐味というものでしょう。

 が、宿泊業を営んでいると、世界や日本の各地から旅行者がやってくるわけです。すると、自然や風景は無理ですが、異質な暮らしや文化には出合えるわけです。それは一種の「動かぬ旅」と呼べるかもしれません。

 たとえばニューヨークに20年在住の日本人男性が毎年、虫歯治療にやってくるのだそうです。同地では医療費がべらぼうに高くて、

 「いくら金があっても、やってられねぇ」

 というのだそうです。また、ドイツ人の客人は、

 「コウシエン(甲子園)デ、ジェットフウセン(風船)トバシタイ(飛ばしたい)ノデス」

 そうかと思うと、熱帯の台湾や香港、タイの客人が大汗をかきつつ、

 「ニッポン、トテモ、アツイデスネ」

 さらに食堂で、隣に座ったおっさんに、

 「クジラ、食べる?」

 と勧められ、見事トライし、興奮して宿に帰着した反捕鯨国オーストラリアの女性がやってきたりもします。

 ゲストとホストが共に同じ話題で盛り上がる機会が、ペンションLにはいっぱいあったようです。

 さあ、そこで……「もてなし」とは本来、茶の湯の理想のひとつで、

 「共に(何かを)持って共に(何かを)成し遂げること」

 を意味したのです。その点で、東京オリンピック誘致活動の中で、某女性が宣った、

 「オ・モ・テ・ナ・シ」

 とは、かなりニュアンスが異なるように思います。

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