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小さな思い出 入院生活

 幼い頃、体が弱かった。季節の変わり目、とくに梅雨から夏の始まりがだめで、入院したりした。今なら良い吸入薬が出来てコントロールできる病気になったが、当時は苦しんだ。

 東京の、それほど大きくない病院に入院していた時のことだ。わたしはナースステーションの隣の小児科の3人部屋にひとりで退屈に寝起きしていた。なぜか入院すると体調は良くなったので、漢字ドリルをやったり本を読んだりしていた。家族の面会も限られていたから、今思うと可哀想な子どもだったと思う。

 隣の隣の部屋は女性の相部屋だった。その中のひとりの女の人(その当時の母より年上の、もの静かな、少し背の高い、ショートカットのすてきな奥さま)がときどき声をかけてくれた。お互い少し体調がよかったのだろう、ロビーのようなところで座っては少しおしゃべりをした。

「何年生なの?」「4年生です。」から始まり、わたしの方はとつとつと。確か志津子さん、という名前だったと思う。もの静かでほんとうにすてきな方だった。

「わたしのところは男の子しかいないから、女の子と話すのは楽しいわ」と言っていた。ある日、「korinonちゃん、うちの部屋に遊びにいらっしゃい。ちょっとだけ。看護師さんにも伝えてあるから大丈夫。」と言ってくれたことがある。大部屋の、彼女のベッド横のパイプ椅子に座っておしゃべりした。「あら、小さなお客さんね。」と同室の人が言った。甘くて香り高い紅茶をごちそうになった。少し冷ましてくれていた。サザエさんのマンガを貸してくれた。ひとりでぽつんとしていたわたしにほんとうに優しくしてくれた。

 志津子さんはわたしより先に退院した。詰襟の制服を着た息子さんと、スーツ姿のご主人が迎えに来た。子ども心にとても裕福なお家の奥さまだとわかった。退院の日のお洋服も上品ですてきだった。寂しくてうつむいたままだったわたしに言ってくれた。

「外来に来る時はkorinonちゃんに会いに来るわ。」

 翌週本当に来てくれた。ナースステーションの看護師さんたちとおしゃべりしている志津子さんのことを少し離れた所で見ていた。うれしいのにすぐそばに行けない子どもだった。「そうなんです。片方だけガーゼのハンカチを詰めてみたんです。目立たないかしら?」「全然大丈夫ですよ。志津子さん、元気になってよかったですね。」…

 志津子さんは乳がんで片胸を摘出していたのだ。それを知ったのはこの時だった。なんて大変だったんだろう。ショックだった。そんな大変な病気で、それなのにあんなに優しくしてくれた。人見知りのわたしが会話を続けられるようにしてくれて、楽しいひとときをくれた。母とは違うタイプだった。

「korinonちゃんももうすぐ退院なのね。お家に帰れてうれしいわね。お互いがんばりましょうね。」そう言ってくれた。家を離れてひとりだったわたしのことを気にかけてくれた志津子さん。今よりずっと入院日数が長かった時代の、あたたかな心の通い合いを時々思い出す。病院では、寂しい、と言ってはいけないような気がして、じっと我慢していた小さな自分を思い出す。

 志津子さんはどうしているだろう。あの時の優しさをわたしは今でも忘れない。受け取った優しさのバトンをわたしは誰かに手渡しているだろうか。

 追記
 5年ほど前に、その病院を訪ねてみたことがある。経営も名前も外装も変わっていたが、中に入る一瞬だけ、独特なその昔の病院の匂いがした。匂いの記憶、それは思いのほか人の心を動かすと実感した。

子どもの頃の思い出って少し物悲しい…


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