見出し画像

セミのこくん

 今年の夏も盛大に鳴いていた。蝉たちの声は集まると美しいハーモニーにすら聞こえる。

 ミーンミンミンミンミン
 ジージージージージージー
 ツクツクホウシツクツクホウシ

 まぁ、ほんとうに地上での命を燃やしているかのように、真剣で大きな声。木陰を歩いてもついてくる、あの蝉の声。元気に生きているのだ。

  蝉の声を聞くと思い出す絵本がある。ふくざわゆみこさんの『モグラくんとセミのこくん』(福音館書店)という本だ。モグラくんがある日、土の中を散歩しているときにセミのこどもに出会う。お腹を空かせたセミのこくん、たんぽぽのお茶とごちそうで歓迎される。そしてそのままモグラくんと2人で(2匹で)暮らし始める。

 ほんとうにすてきな、穏やかな春夏秋冬を共に過ごす。一緒に土の中のお散歩をしたり、さつまいもでスイートポテトを作ったり。特に好きなのが、水に映ったお互いの姿が、「なんだか似てる」と気づくとき。思わず笑ってしまう。

 いつか別れが来ることをお互いにわかっていて、でもセミのこくんは「ずっとここにいたい」と言ってしまう。

 蝉は地上に7日くらいしかいない、そう聞いたのは幼いとき。なんと短命な、なんと儚い運命だろう、とその時思ったものだ。でもこの絵本に出会ってから、わたしたち人間が知らないだけで、もしかしたら何年も過ごすらしい地中で、いろんな出会いや出来事や思い出を温めているのかもしれない、きっとそうだ、と思うことにした。知らないだけできっと幸せ、そう思うことが、少しわたしの背中を押してくれたのだ。たんぽぽのお茶を飲む2匹の姿が、不思議な力をくれたし、ほんとうに安らかな気持ちになれた。

 今置かれた状況からいつか飛び立つかもしれない未来、そのときに失わなくてはならないものに不安ばかり感じていた。お別れ、離れ離れがこわかった。大人になったというのに。この子ども向けの絵本にはどれほど支えられたことだろう。

 ある日息が苦しくなったセミのこくんを、モグラくんが地上に連れて行く。そして…。   

 改めて読み返すと、このラストのおかげでわたしは生きられた、とも思う。どう感じるか、を読み手に委ねている。

 夏の終わり、ツクツクホウシが聞こえ、夕暮れに蜩が聞こえると、もう季節が変わるんだなぁ、秋になるんだなぁと思う。セミのこくんは今年もたくさん地上に飛び立った。モグラくん、ありがとね、って言いたくなる。この絵本を読むときっと、誰もがそう言いたくなる。

The Happy Days of a Mole and Cicada Larva
英語のタイトルがすてき💓

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?