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禍話リライト:もてあそびかえす女

報いを受けて当然の人が、報いを受ける話。

大学で知り合った友達Aちゃんは、いつも明るくて気さくで気が利くとてもいい子なんだけど、何故か大学のキャンパスで女の子をとっかえひっかえしているようなチャラい男を見かけると急に険しい顔になり、なんならそいつを睨みつけるという、ちょっと変わったところがあった。

夏休みも目前、飲みの席で、お酒も進んでぶっちゃけトークになった。自分が高校生の時に付き合った彼氏に二股かけられてぶん殴ってやった最悪だったーって話をしたら、Aちゃんは「本当最低だよね!」って怒ってくれた。それも尋常じゃないぐらい。それでふと思い出したので流れで聞いてみた。
「そういえば、チャラい男を見かけたら『殺す!』ぐらいの勢いで般若みたいな顔するのはどうして?」
するとAちゃんは少しとまどいながらも、親友だから話すよ、と言って話し始めた。

「私、いとこのお姉ちゃんがいて、小さい時から仲良くしててかわいがってもらってて、本当のお姉ちゃんぐらいに思ってたんだよね」
過去形だな…とは思ったが、うんうん、と黙って聞いていた。
「でもそのお姉ちゃん自殺しちゃって…。道路に飛びこんでトラックにはねられて足ぐちゃぐちゃみたいな感じで」
「…。えー、そうなんだ…」ずいぶん、重い話だった。

そのいとこのお姉ちゃんは会社で知り合った上司と付き合っていた。その上司がまたチャラくて、妻子がいた。いわゆる不倫だった。お姉ちゃんは真面目でまっすぐな人なのに、愛は盲目というか、自分だけは違うと思ってしまったのか。「妻とは別れる」って言葉も信じてしまった。
が、結局、捨てられた。
そしてお姉ちゃんのその真面目な性格が悪い方向に出た。たまらず上司の家まで行ってしまったという。すると玄関先に奥さんが出てきて、どうにもならないとはわかっていても彼と付き合っていたようなことを話した。奥さんは動揺するかと思ったが強気で、「へえー、そう」「むしろこんな所まで来るなんて恥知らずね」とまで言われてしまう。
彼に捨てられた上に奥さんには罵られ、ダブルでショックを受けて精神的におかしくなってしまったお姉ちゃんは、自死を選んだ。
遺書はなかったため、周囲のみんなは不倫のもつれが原因とは気付いてるものの相手方には何も言えないまま、見送る形となった。

大学の夏休み頃、久しぶりに会ったAちゃんはずいぶん思い詰めていた。どうやら興信所まで雇ったのか、お姉ちゃんの相手の家が判明したから行ってくるわと言い出す。
「いやダメだよそんなの。そもそも行ってどうするの?」と若干咎めたが、チャラい男を見かけただけで睨みつけるほど恨んだ相手に、何かしら言って決着をつけたい、9月が何回忌かだから、墓前に報告したいんだと言う。
1人で行かせて、もめて警察沙汰になってもな…と心配になり、つい思わず「付き合うよ」と言ってしまった。そこはAちゃんがむしろ「いや迷惑かけるから…」と断ろうとしたが、乗りかかった舟。第三者の証人みたいなのもいたほうが良いよ。と説得して、妻子はともかくその上司は許せない!と、2人で向かうことになった。

バスに揺られて到着した住宅街は、わりと良い家が多いけど平和な街なのだろう防犯にはゆるい感じもした。何故ならどの家も外から見えるレベルの高さの塀や生垣程度しかない。目的の家も同じように低めの塀しかなく、外からみてみようと、電柱の陰から覗いてみた。

「なんだか刑事ドラマみたい」
「あんぱん持ってくりゃよかった」
と軽口を叩きつつ観察すると、ドアこそ締め切られているけど車はある。おそらく在宅中だろう。庭のほうから見てみると、カーテンが開いていてリビングで誰かが何かしてるように見える。「いまいちわかんないな…」と目を細めていると隣でAちゃんがごそごそと双眼鏡を取り出した。
「安いやつだけど、こんなこともあるかと思って。アイツいたら行くからね!」と息巻いて覗くも、すぐに「…あれ?…え?」と絶句した。
Aちゃんの、虚をつかれた顔が、どんどん青ざめていく。
「子供ほっぽり出して…?…え?…は?」
わけがわからない、と言いたげに「ごめんけどみてもらっていい?」と双眼鏡を渡してきた。少し尻込みしたが覗いてみた。ぱっとみてわかったのは、リビングにある大きめのソファーの上に男の子が2人、つまんなそうに体育座りしてぼーっと庭を眺めている。
「子どもたちをほうっておいて両親は何をしてんの?」
と疑問を口にすると、Aちゃんは震えた声で
「ひ、左側にいる…」
と言う。子どもたちは両親に向けたリアクションが一切無く、かまってアピールも無い。言われるがままに左を確認する。…ん?

おそらく例の上司であろう男性が床を這っているように見える。肝心の這っているような低い部分はくもりガラスになっていてはっきりとは見えない。そしてその前を女性が誘導するように手を叩いて、うろうろしているようだ。
「あれが奥さん?」と思うや否や、子どもたちのいるソファーの後ろの方向が台所になっていて、料理かなんかしている女性もいた。Aちゃんいわくそっちが奥さんだ。…じゃあ、手前の女は誰?Aちゃんは青い顔で答えた。「お姉ちゃん…?」
「いやいやいや、お姉ちゃん死んでるんでしょ」
「死んでる…けど、でも、動き回っててよくわかんないけど、この季節にお姉ちゃんが着ていた服にすごく似てるんだよ…」
するとその時、子どもたちが退屈のピークを迎え、庭に面した窓を開けた。その瞬間、リビングで手を叩く女が何を言ってるのかすぐにわかった。

「あんよが上手! あんよが上手!」

と同時に、くもりガラスも開け放たれ、足を縛った状態で、手だけで床を這う上司の姿も見えた。すぐに、台所にいる奥さんが「締めなさい!」と一喝し、子どもたちは再び窓を閉めた。女と上司はその間もずっと、ぐるぐるまわっている…

「お知り合いですか?」
背後から突然声をかけられた。驚いて「いや、知り合い…というか…えっと…」と説明しようとしどろもどろになった。
どうやらその人は同じ町内の人で、親しくしていたこの上司家族が突然近隣とディスコミュニケーションになり、上司も今は仕事してないみたいでどうしたのかと思っていたらしく、何か事情を聞きたいようだった。一方でAちゃんは、お姉ちゃんぽい人の姿を見たからか、ブルブル震えて、ショックでただ茫然としていた。その一件後Aちゃんはしばらく実家に戻った。

長い夏休みも終わり、Aちゃんは大学に戻ってきた。以前と何ら変わらず、でもなんとなく例の件には触れないでいたが、12月になった頃、おもむろにAちゃんから「あの、前ついてきてもらった話なんだけど」と切り出された。

「あれ、なんかもう全部終わったみたいだから。」

何かしらの結末があったんだろう。例の上司も、死んだわけじゃないけど、とにかく全部終わったんだ。そう思った。ただ、こうして振り返ってみると、お姉ちゃんが事故で足がああなったから「あんよが上手」なのか、とふとよぎった。

そして今思えばあの「あんよが上手!」の、女の声が純粋に楽しそうだったのが、余計怖かった。


※この話はツイキャス「禍話」より、「もてあそびかえす女」という話を文章にしたものです。

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