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禍話リライト:庭と蝋燭と子供

A君がまだ小学校にあがる前ぐらいに、父方か母方か忘れたが、とある田舎のおじいちゃんの家に両親と一緒に行ったことがある。幼いながらにわかったのは、お父さんもお母さんもあまり行きたく無さそうだったということ。2人とも、向かっている途中の車内で、
「○○さんのとこ、嫌だなあ。行きたくない、気が重いなあ。」
というようなことを話していたのを、うっすら覚えている。

到着したその家はずいぶん山奥にあった。両親は「ご無沙汰してました~」と明るく振舞っていたが、幼少のA君にもわかるほど必死に取り繕っている様子だった。出迎えてくれたおじいさんが「A君よく来たなあ」と頭をなでてくれたが、その手もなんとなくねっとりした感触で、気味が悪かった。大きなお屋敷も薄暗くべったり脂っぽい感じがして、気持ち悪いなあと思った。

他にも何人か親戚のおじさん、おばさんが来ていて、何の用事でこの家に集まったのかはわからないが、子どもはA君しかいなかったのでつまらなかった。たしか3泊ぐらいしたはずだ。
その2泊目の夜。A君はひとりで、蚊帳が吊られた大きめの部屋に寝ていたが突然目が覚めた。蚊帳を出て廊下に出てみると庭があり、何かがぼんやり明るく動いて見えた。

もっとよく見てみると、自分よりちょっと年上の子ども、小学生くらいの子どもが2人、庭にある沼みたいな池のまわりをぐるぐる周っている。坊主頭に見えるぐらい髪は短かったが、はっきり男の子とも言い切れない感じで性別はわからなかった。集まった親戚の中には子どもがいなかったので近所の知らない子どもが勝手に入ってきちゃったのかなと思った。
(なにしてるんだろう?)
明るく動いて見えたのは、その2人が手に持っている蝋燭の明かりだった。
(あつくないのかな?)
火が付いた蝋燭を直に持っているようにみえたので、咄嗟にそう思った。
怖くは無かった。
(なにしてるんだろう?)
(あつくないのかな?)
何度か繰り返しそう思いながら見ていると、全く足音も気配もしなかったのにいつのまにか真横に男の人が立っていた。自分から見て、お父さんほどじゃないけどずいぶんお兄さんだなと思ったので、おそらく大学生ぐらいだろう。眼鏡をしていた。なにしろ急に現れたのでA君はびっくりしてただ呆然としていると、その男の人は腕組みをして庭をみつめたまま、おもむろにこう言った。
「…ねえ。かわいそうにねえ。」
A君は自分に言ってるのかわからず、あいまいに小さく「はい…」と返事をした。男の人はさらにこう続けた。
「熱いとか冷たいとかさ、わかんないんだなあ」
そう言いながら笑い始めた。
「かわいそうにね、…アハハ、ほら、熱いとか冷たいとか、わかんないんだあ、アハハ!」
なんだかゾッとして、あわてて蚊帳の中に戻り、布団にくるまった。その間も男の人は廊下のほうでまだブツブツ何か言っては、笑っている。
布団をかぶって目をぎゅっと閉じてこらえているとすぐ、遠くのほうからバタバタと走ってくる足音が聞こえ、名前を呼ばれた。両親だった。
「A!大丈夫か!!?」
廊下を見ても庭を見ても、ほかに誰もいなかった。
「庭のほうからあんたの金切り声が聞こえて慌てて来たんだよ!」
A君は何も声を発していないはずだ。わけがわからずぼんやりしていたが、両親は子どものひきつけとかなにかを心配したようで、「もうお父さんたちと一緒に寝ような」とA君を連れていき、そのまま別の部屋で寝た。

それ以降、特に不思議なことも無く、A君は夢でも見たのかな?と思い始めていたが、帰り際なんとなくあの庭を見てみると、池の周りにあちこち蝋が垂れて固まっていた。

*****
A君は高校生ぐらいになってふとこの出来事を思い出し、両親に「そういえばあの○○さんの家って…」と切り出したが被せ気味に
「もう無い家のことを話すのはやめよう。」
とぴしゃりと言われ、詳細を聞けないままこの話は終わる。
(もう無いんだ、あの家…。)
その後さらに何年も経ち、ご両親もそれぞれ亡くなった今となっては、A君が確認するすべは何も無い。

あの時、両親や集まった大人たちが話していた内容は、幼少のA君には難しい言葉が多かったので何もわからなかったしもうあまり思い出せない。
ただ、ひとつだけずっと覚えている言葉があった。

『不浄』
だそうだ。


※この話はツイキャス「禍話」より、「庭と蝋燭と子供」という話を文章にしたものです。(2019年11月9日 THE 禍話 第16夜)

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