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禍話リライト:期日の烏

関西方面に住むAさんと妹のBさんは年が近かったこともあり仲が良く、小学生の時は学校や遊びに行くのに2人で出かけることが多かった。

当時、2人の家の近所には「ロクデナシ」が住んでいた。
40~50代かそれより上ぐらいのおじさんで、AさんとBさんが道端で遭遇した時に「なんやお前ら?くそガキが」と絡んできたり、学校の友達なんかは急に怒鳴られたりしていた。日中はぶらぶらとパチンコに行ったり公園で寝ていたりして身なりも汚く横柄で、子どもたちは怖がっていた。
2人のお母さんが
「困ったもんや。仕事もすぐ辞めて親御さんの財産食いつぶしてさ。ああいうのを[ロクデナシ]って言うねん。」
今思えば怒鳴ったりするのは近所の子どもに対してだけだったようで、大人の間では関わらないほうがいいと思われているただの変人だった。
2人はあだ名として「ロクデナシ」と呼ぶようになった。

ロクデナシの家はすぐ近くだったので2人も知っていた。少し古い一軒家で門と玄関の間に3~4枚の敷石があった。
ある日、前を通りかかった時にBさんが気づいた。
「おねえちゃん!でっかいカラスがおる!」
ロクデナシの家の、玄関の敷石の真ん中あたりに大きめの烏が止まっている。微動だにせず、玄関のほうを向いてじっとしていた。それから2人は何度か同じ烏を同じ場所で見かけた。いつも烏はごみを漁るでもなくじっと佇んでいて、Aさんはロクデナシの家の前だからあまり長くは居たくなかったが、Bさんは興味津々で観察していた。

何度目かの時、通りかかった顔見知りの近所のお兄さんに
「Aちゃん、Bちゃん、あんまり人の家じろじろ見たらあかんで~」
とたしなめられた。Bさんは無邪気に
「お兄ちゃん、アレ見て!」
「うわ!でかい烏や。八咫烏みたいやな」
Aさんは聞き返した。「やたがらす?」
八咫烏とは【日本神話で、神武天皇の東征のときに熊野から大和へ入る山中を導くため天照大神(あまてらすおおみかみ)から遣わされた烏】とある。
お兄さんは分かりやすく簡単に
「ものすごい力を持った烏やで!」
と教えてくれた。
ちなみに帰ってからBさんはお母さんに
「ロクデナシの家にやたがらすおってん!」
と報告するも
「いいからはよ風呂はいり」
とスルーされてしまった。

また何日か後に、同じように2人は例の烏をみかけた。あいかわらずBさんが立ち止まって観察をし始めたところでタイミング悪く玄関がガラガラガラと開き、ロクデナシが出てきてしまった。
「オイ!ガキ!何ひとんち見とんねん!」
思いのほかロクデナシが大声でわめき始めたのですぐさま近所の人たちがあちこちから駆け付けた。

驚いたのはロクデナシが出てきて大人も集まって来たのに、烏は微動だにしない。AさんもBさんも怒鳴られた怖さより烏が動かない驚きが大きかった。思わずぼそっと「…あの烏見ててん」と指をさすと、周囲に5人ほどいた近所の人たちのうち3人は「へえ、あの烏?」と理解してくれたが残りの2人は「烏?どこにおるん?」と、何故か見えていないようだった。

それはロクデナシも同じで、足元にいるはずの大きい烏が見えていないのか一切目もくれず、なにやらしつこく小言を喚いていたので、大人たちがとりあえず小さい子どもにギャーギャー怒鳴るなとその場を収めた。

ロクデナシ本人に怒鳴られて大ごとになったので、この日から2人はもう立ち止まって見たりしないようにした。

1か月ほど経ったある日の夕方、外は急な大雨でAさんとBさんは仕事帰りのお父さんに傘を届けようと駅に向かった。当然あのロクデナシの家の前も通る。すると今まで烏が居たところに、今日は黒ずくめの人が立っていた。大雨の中、傘もささずに立っている。
(女の人…?)
Aさんはそのびしょ濡れでも微動だにしない真っ黒い服の女の人がちょっと怖かったが、Bさんは違った。咄嗟にお父さんの傘を差しだし
「あのー」
と声をかけた。

返事はない。
Aさんはびっくりして「B、いいから!これおとんの傘やし!」とBさんを無理矢理ひっぱってとにかくロクデナシの家から離れようとした。Bさんは「でも…」となおも傘を貸そうとしていた。やっと10mほど離れたところで2人とも、それぞれの傘の中から声がした。

『この前は ごめんなさいね』

2人同時に「えっ!?」と傘を除けた。当然大雨が2人をあっという間にずぶぬれにした。すぐそばの公園の東屋に駆け込みハンカチでぬぐいながら、「なんか…声がしたんやけど」「うちも」とお互い確認したが周りには誰もいない。わけがわからなかったが、とにかくお父さんに傘を届けないと!と思い直し、駅に向かった。

その日の夜は2人とも不思議な出来事に寝付けず、2人で一緒に布団に入った。安心して眠りについたものの、夢を見た。

夢の中で、晴れているのに2人とも傘をさして歩いている。
ふと隣に黒い服を着た人がいて、傘の中の空間にぬっ、と髪の長い横顔が自分の真横まで来て
『この前は ごめんなさいね』
と言った。
髪の毛ごしにのぞいた口元はすまなそうに微笑んでいる。

「「うわあ!!」」
2人ほぼ同時に飛び起きた。同じ夢を見たのだ。怖くなって仏壇がある畳の部屋に逃げ込んで、そこでぱったりと眠ってしまった。
翌朝お母さんは畳に直接寝ている2人を見つけおかしくなったかと驚いたが、2人は何も言えなかった。

この日は休日で、変な寝方をして疲れていたのもあり、2人とも家でゴロゴロしていた。すると遠くからパトカーのサイレンが響き、すぐ近くに止まった。お父さんは何事かと飛び出し野次馬に行き、しばらくして帰ってきた。
「ロクデナシの家やった。ブルーシートで見えんかったけど、あの人亡くなったみたいやね」


それから数年経ち、AさんもBさんも大学生になった。
ロクデナシの一件はあの日以来語られることは無かったが、ふと思い出したAさんはお父さんにあれは結局なんだったのかと尋ねてみた。当時はAさんもBさんもまだ小さかったので伏せていてくれたお父さんは、町内でも噂になっていたロクデナシの顛末を教えてくれた。

ロクデナシは自殺ということだった。
ただ、自殺と言ってもちょっと不可思議な死に方だったようだ。あの日ロクデナシは自ら警察に通報し、まずは氏名と住所を告げた。そして

「今日が期日なので 死にます」

と言って電話を切ったらしい。警察はすぐさま駆け付けたが、目から何か鋭利なものを脳に達するほど何度も刺したような状態ですでに事切れていた。
当時は周辺の家にも聞き込み捜査が来たらしく、お父さんは警察の人から「あの家の玄関や勝手口のあたりに黒い羽根がたくさん落ちていたが動物を飼っていたような様子はあったか」と尋ねられていたそうだ。

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この話を聞いたO井さんは「借金取りに追いつかれたのでは?」との見解を述べた。一方、相づち担当のK藤さんはこう〆た。

「まあ、人生のツケってのは一番きついときに来るって言いますからね」


※この話はツイキャス「禍話」より、「期日の烏」という話を文章にしたものです。(2021/11/6 シン・禍話 三十四夜)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/708608563

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