禍話リライト:夢を見る女
Aさんは、3階建てのボロいアパートに住んでいる。
ボロいうえに交通の便が悪いためか、とにかく家賃が安い。駅からの道も薄暗くてあんまり治安も良くなさそうな地域だったので、引っ越してきてから2~3年経つがなんとなく人を招いたことはなかった。
とある金曜日、会社帰りに同僚たち何人かで飲みに行った。
住んでいる家の話になった時に、同僚のBさんが以前Aさんの家の地域に住んでいたことがあるそうで、
「あのへんでその家賃って、相場より一万くらい安いよね」
と言ってきた。するとみんなも口々に
「それって事故物件じゃないの~?」
なんてひとしきり盛り上がった。
飲み会終わりにBさんが
「明日休みだし今日泊めてくれよー」
と言い出して、そのままAさん宅でふたり、家飲みすることになった。
Aさんが引っ越してきてから初めて、人を泊めることになる。コンビニで買ったチューハイやらおつまみやらをあけて楽しく飲み、次第にふたりとも眠くなったので、家主のAさんはベッドに、Bさんはソファーに寝ることにした。
翌朝。
まだ少し早い時間に、Aさんはトイレに行きたくなって目が覚めた。Bさんはソファーでぐっすり眠っているようだ。トイレをすませ、その手前にある洗面所で顔を洗ったりうがいをしたりしていると、人の気配があった。部屋から出てきてAさんがいる洗面所の前も素通りして、無言で玄関を出て行ったようだ。
おそらくBさんが起きたのだろう、電話でもしにわざわざ外に出たんだろうか?と思いながら部屋のほうに戻ると、Bさんはまだソファーに居た。しかも起きたようでガタガタ震えている。
Aさんは
「あれ?Bさん起きたんだ?どうしたの?」
と声をかけた。するとBさんは青ざめた顔で
「…おい、ここやっぱり事故物件じゃないのか…?やばいって。もう俺この部屋やだよ、ひとまず外で話そう」
2人は寝癖も気にせず、とにかくいったんすぐ目の前にある公園へサンダル履きで向かった。Bさんがなおも尋ねてくる。
「本当にあの家今まで2~3年住んでて何もなかったの?Aさん霊感ないとか?いや逆にめちゃくちゃ強くて平気だったとか?」
Bさんは、Aさんのトイレの気配でうっすら起きたという。時間はまだ早いからそのまま二度寝しようと再び目を閉じたところで、部屋のどこからか
「うーっ… うーっ… 」
と唸る、女性のような声が聞こえた。
何事かと声のした方向を見てみると、Aさんが寝ていたベッドと自分のいるソファーのちょうど中間あたりの床に知らない女が横たわっていて
「うーっ… うーっ… 」
とうなされていたそうだ。
Bさんは寝起きの頭で考えた。昨日はこんな人居なかったはず…いや、そもそもこの家はAさんしか居ないはず…
いったい、これは、誰だ?
次の瞬間、その女が突然
「ギャーーーーーッ!!!!!!!」
と絶叫しながら飛び起きて、ぱっとBさんのほうを見て、
「…… すいません… あの… こわい夢を、みたんです… 」
と、息も絶え絶えに言ってきた。Bさんはわけもわからず
「え、はい…?」
とあいまいに返事をした。その女は、顔だけはBさんを見つめたまま
「夢の中の私は高校生の時の私で、薄暗い校舎を歩いて行くと…」
と、夢の内容らしき話を話しながらスタスタと玄関を出て行ったという。
「冗談じゃないよ…Aさんちやっぱり事故物件だろ…。いやあの部屋そのものじゃなくても例えば上下階とか近くの大通りで事故が起きたとかさ、前の住人の元カノだなんだとかなんでもいいけど…とにかくあれ普通じゃない、絶対何かあるよ気をつけたほうがいいよ」
Bさんはそうまくしたてると、部屋に戻るやいなやさっさと支度をして帰って行った。
Aさんはその時こそ少し怖かった。確かに誰かが出ていく足音や気配には気づいた。でもやっぱり自分が直接体験していないのでなんとも実感がわかない。その日はその後しばらくプラプラと外で過ごしたが、落ち着いたのでとりあえずは大丈夫だろうという楽観的な結論に至り、普通に帰宅した。
その夜、そろそろ寝る時間。
トイレに行こうとして玄関ドアの向こうにふと、誰かがいる気配を感じた。なにげなくドアスコープを確認してみると、玄関の前に全然知らない女が立っている。
(え、何この人?…もしかして、今朝Bさんが見たって人?)
ドアスコープを覗いたまま、黙ってあれこれ考えを巡らせていると、おもむろにその女は至って普通のトーンで矢継ぎ早に話し始めた。
「すいませんこわい夢をみたんです夢の中の私は高校生の時の私で薄暗い校舎を
――――Aさんは気絶していた。
何故か外廊下に出ていて、玄関にもたれかかったようにうつぶせで気絶していたそうだ。その後改めて不動産会社に問い合わせても、この物件自体は何も無いとのことだったが、一度遭遇したらもうダメだ。
Aさんはすぐ引っ越した。
※この話はツイキャス「禍話」より、「夢を見る女」という話を文章にしたものです。(禍ちゃんねる 怒りのワンオペスペシャル 2019年3月4日)
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