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禍話:はかられる家

大学生のA君は友人たちと夏休みにパチンコ店のチラシポスティングのバイトをした。それぞれおおまかに担当エリアがあり、早く配り終えたいので効率よく配れる集合住宅を狙って周った。昼の休憩時間にはいったん集合して「お前んとこのエリアはアパート多くていいなー」などと進捗を報告し合った。
夕方、バイトを終えるとその日の日当が手渡しで貰える。A君たちは打ち上げと称してすぐ飲みに行こうと、大将とも顔馴染みの居酒屋に直行した。
今日のバイトでの出来事を話していると、B君が任されたエリアは古い物件が多かったらしく、ぼろぼろのアパートが次々に出てきたという。ボロいアパートの梁山泊だ!などと盛り上がった。

そんな中でもとりわけボロく、持ち主が修繕をあきらめたんじゃないかと思うほどの古いアパートが、大通りより奥まったところにあったらしい。ムリヤリ固定するためか、十字にぐるぐる巻きに縛ってある木のドアは、小さめの猫なら通れてしまうほど斜めに歪んでいて、傷やひび割れで酷いありさまだった。B君は「ほぼ廃墟だな」と思ったが新聞は新しい日付のものが届いており、人が住んでいると判断したのでポスティングしてきたそうだ。

すると飲み屋の大将がふいに
「それって○○地区の××の奥まったとこ?」
と聞いてきた。大将は昔からこの場所で居酒屋を切り盛りしており、さらに昔学生だった頃からこのあたりに住んでいるので知っていたようだ。
「あそこは今でもちゃんと人住んでるよ。まあ、おばけアパートで有名だけどね」

大将いわく、昔から古い見た目だったというそのアパートは男性専用のアパートだったが、いつしか誰も知らない不審な女性がうろついていると周辺から苦情が来ていたそうだ。どの住人の知り合いでもなかったらしい。その女の目撃情報によると、服装は日によって黒だったり赤だったり定まらなかったが、いつも必ず腕に包帯が巻かれていた。ケガや火傷というよりは、巻きたくて巻いているファッション包帯に見えたらしく、雑に巻いて端がひらひらしていたので、特徴としてよく目立った。何件か同様の通報があったが、警察が調べても誰なのか結局わからなかったという。

ひととおりお酒を飲んだA君たちは店を出たが、B君が
「酔い覚ましにさ、きもだめし行かない?」
と提案してきた。大将に聞いたあのアパートが気になったのだろう。お酒も入り気が大きくなっているA君たちはそこへ向かうことにしたが、大通りに差し掛かった途中でC君が酔いすぎてしゃがみこんでしまった。
「う~、俺のきもだめしはもうここでいいッス~」
一方のB君はどんどんアパートに向かい、こっちだよと言いながら奥まった道に入っていくところだった。
A君はしゃがみこんだC君に肩を貸し、先を行くB君についていこうとしたところで携帯が鳴った。表示を見ると、先ほどまでいた飲み屋の番号だった。
「はい、もしもし?…あ、大将?」
「もしもしA君?ちょっと気になってさ。君たちさ、店出たところで『きもだめし』とか言ってたように聞こえたけど、行っちゃダメだよ、あそこ」
「えっ??行ったらダメなんですか?」
「ダメだよ夜に行っちゃあ。大通りぐらいまでなら大丈夫だけど、もう俺らの世代から言われているんだよ、夜は行っちゃダメってさ。とにかく一回戻ってきな!お巡りさんも何人も同じ目に遭ってる」

夜に行くとどんな目に遭うというのか、しかしとりあえず先に行くB君を連れ戻さなければ。大将からの電話を切り、大通りからB君に向かって呼びかけた。
「おーい!おーい!B!行くの止めとこう!…あ!俺さっきの店に忘れもんしたからさ!大将のとこ戻ろう!」
忘れ物というのはなんとか引き戻そうと咄嗟についた嘘だった。すると奥のほうからB君の返事が聞こえた。
「ちょっと待って、写真だけ撮るわ」
カシャ、と聞こえてすぐ、B君はすんなり戻ってきた。

大将の店に戻ると、さっきまでは無かったはずの、慌てて作ったような盛り塩がしてあった。店に入り、A君は「あのー、忘れものですけど」と言うと、大将は話を合わせてくれて、朝まで飲んで行ったら?とさりげなくフォローしてくれた。

「行っちゃったの?奥に」大将が声を潜めて聞いてきた。
「あっちにいるBってやつがけっこう奥のほうに行っちゃいましたけど…行ったらどうなるんすか?」
するとがっしりした体型でいつも堂々とした豪快な印象の大将が、体をかがめて小さくなってこう囁いた。「女が、来たらしいのよ」

不審な女の通報があった近くの派出所のお巡りさんが、夜見回りに行った後、派出所に女が来たらしい。来て何があったのか、詳細は大将も聞いてないそうだが、担当のお巡りさんはその後すぐ異動になったという。

ふいにB君が「俺、帰るわ。明日朝から用事あるし」と言い出した。
なんとか朝まで引き留めておきたかったがサッと帰ってしまった。どうしようもなくなったA君は、大将と顔を見合わせ、「とりあえず生」と言うしかなかった。

泥酔したC君は店の隅で横にならせてもらっている。しばらく静かにビールを飲んでいると店の扉をバンバン!と叩き、B君が飛び込んできた。大将は何故か毛布を持ってきてB君を落ち着かせるよう座らせた。真っ青な顔で震えていたB君はしばらく何も言えず、やっと口を開いたのは1時間ほど経った頃だった。

「…あの、俺んち、オートロックのマンションで…。エレベーター乗って、自分のフロア着いて、外廊下…俺んちの前に、なんか、知らない女が座ってて」

B君の家にも、女が来た。
A君も大将も「女が来る」ことは予想の範囲内だったがまさか本当に来たのかとゾッとする。B君が途切れ途切れにこう続けた。
「…最初は、ちょっと頭がオカシイどっかの女が、なんでかうちの前で『影絵』をやっていると思ったんだ。指をこう、キツネとか犬とか、そんなような形にしてんのかと思って。俺、なんでこんなところであんなのやってるんだろ?と思って」
B君は様子を見に少し近づいたそうだ。そして気づいた。

「…影絵じゃなくて、親指と人差し指を伸ばして。あの女、俺の家のドアの寸法を測ってたんだよ。腕にはなんかわけのわからない包帯みたいなの巻いてて。よくわかんない寸尺をつぶやいて納得してんだよ。手を右に縦に動かして、センチでもインチでも、寸でも尺でもない単位をつぶやいてて」

B君はこの女がつぶやいているわけのわからない内容が、だんだんわかりかけていた。そしてこの時ふと、頭の中で、
(俺んちのドアってあのアパートのドアに合うのかな?)
と思った。そう思った瞬間、女はこちらを見て、にっこり笑っていた。B君は走って逃げ出してきた。

翌朝、B君が怖がったので家まで一緒に行ったが、特に何もなかった。
何もなかったのだが、マンションのエントランスからB君の玄関前まで、重度の火傷で塗るようなよくある薬の臭いだけが充満していた。

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この話を聞いた人は、「自分ちのドアは、どうかな?」とはくれぐれも思わないほうが良い。この話を聞いた人のうち一人が、同棲している彼女から

「玄関外でよくわからない”単位” を叫んでいる人がいる」

と言われたそうだ。
彼女はこの話どころか、『禍話』を聞いたことがない。


※この話はツイキャス「禍話」より、「はかられる家」という話を文章にしたものです。(2021年5月22日 シン・禍話 第十一夜)

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