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禍話リライト:あてつけ心中

大学4年生のT君には、小学校からの幼馴染でもある彼女がいた。ゆくゆくは結婚も考えていて、家族公認で大学も一緒。2人とも就職も決まってあとは論文ぐらいと気楽な時期になり、久しぶりにサークルへ行ってみた。

サークル室にはOBの先輩も含めわりとメンバーみんないたものの、なんだか沈んでいる雰囲気だった。真ん中のテーブルにDVDが置かれている。

先輩曰く、今朝来てみたらテーブルに置かれていたDVDとのこと。ケースには付箋で[T君と○○さんへ]と貼られてあり、ディスクには[心スポめぐり]とだけ書かれている。
心スポ……おそらく「心霊スポット」の略だろう。一時期、このサークルでダムがある展望台に遊びに行った時、ある先輩がビビっている様子をとらえた動画が面白かったのをきっかけに、夜にちょっと怖いところに行っては動画を撮ってきたり、凝ったやつなんかは音楽までつけてDVDにしてきたりするのが流行ったことがあった。
しかしそれも一時的なもので、もうブームもすっかり去ってるのに今更…しかもT君と彼女の○○さん宛に名指しで置いておくなんて…みんなが不気味に思っている中、OBの先輩ははっきりと断言した。

「これたぶん辞めたSの嫌がらせだと思うんだよね」

SはT君たちと同学年だったが歳は留年か浪人かでひとつ年上だった。基本的にあまりしゃべらず、不愛想で、みんなで話していてもひとりノーリアクションなのにみんなが書き込めるサークルの活動記録ノートへの書き込みだけは饒舌。話している時はいっさいリアクションしなかったくせに、その場にいた人を皮肉った内容をあとで書き込むという、ちょっと嫌味な人だった。

そしてSは、T君の彼女に惚れていた。
記録ノートに飽き足らず個人的にブログも書いていて、その中で明らかなウソを書いているようだった。「×月×日、○○さんと話して楽しかった」なんて、その日Sは○○さんはおろかサークルの誰ともひとことも話していない。T君と○○さんがちょっとした痴話喧嘩の話をすると、それをすごく大げさにブログに書きつけてはもう別れるんじゃないかなどと願望むき出しのウソを書く、そんなことが続いていた。
Sが○○さんに対して想いをこじらせているのは誰の目にも明らかだった。そのうち当時の部長が部費滞納を理由にSを半ば強制的にサークルを辞めさせたが、実際は見かねて辞めさせたようなものだった。

「T君と○○さんも来たし、一応DVD観てみようか。」
と、みんなで例のDVDを観てみることになった。

片手にカメラを構え、廃墟のようなところを歩く様子が映り出された。ボロい一軒家で、『心中があった建物なんですよー』と話し出す。その声は完全にSだった。
「やっぱりSだ。つうかマジな場所じゃん!」
みんな「うわーやだねー」「相変わらず空気読めねえな」「DVDで盛り上がってた時の記録ノート勝手に見たんじゃない?」などと、Sへの不快感を募らせた。

『ここ、カップルが心中で死んだんですけど…』
と撮影場所の説明を始めた。心中したカップルはこれこれこういう馴れ初めで…と話しているが、その内容はT君たちのことだった。
『一度ケンカがありまして…』
それも T君たちのケンカの内容だった。もちろん他愛もないケンカを大げさな内容にしている。
『彼女のほうはもう離れてたんですけど男のほうが諦めきれなくてね…』
妄想を織り交ぜながら、T君と彼女の話を、心中したカップルかのように話している。

みんながこの嫌がらせにドン引きしていた。ただ、OBの先輩ひとりだけは「あれ~~?」と考え込んでいる。
『次は台所ですね…』
台所はタイルなのか、壁面がつるつるのところに差し掛かった時、カメラを構えたSが映り込んだ。その後ろ側に、女が映った。
ゾクっとした。
「なんか…女の人が映ってるけど…?」

『実際の現場に近づくとやっぱり空気が違いますよね~』
今度は階段を上り始めたが、ギシギシと鳴る足音は一人分しか聞こえない。でも一段後ろにどうみても女がいる。みんな口々に「これ、何?」「ねえ、もう見るのやめる?」と怯え始めているが、OBの先輩だけは「いやこれやべえぞ…?」と、少しみんなと違った反応をしている。

『この部屋なんですけどね』
到着したその部屋にあった三面鏡に、ついに女の全身が映った。
半袖を着ているようで、両手首に不自然なリストバンドを着けていた。リストカット跡を隠しているように見える。首には半袖に合わないマフラーのような布を巻いており、こちらも何かの跡を隠しているとしか思えない。そして、薄暗く映りが悪いため見づらいが、目が真っ赤に見えた。
『やっぱり人が死んでるからか空気の重みが違いますよね~』
『死臭がする気がしますよ~~』
とSが言うと、女は微かにうんうんとゆっくりうなづき、うっすら微笑んだ。

『じゃあ僕やることがあるんで  ここで止めま~す』
とSが言うや否や、映像はぶつっと切れた。

みんなが意味不明な映像に困惑と恐怖を感じていると、おもむろにDVDに付けられていた付箋を手に取ったメンバーのひとりが、
「この付箋さ…、なんとなくSの字じゃない気がするなと思ってたけど、これ、女の人の文字じゃない?」
と言った。
T君は隣に座っているOBの先輩だけが映像に対してのリアクションがみんなと違ったことを思い出し「そういや先輩、どうかしたんすか?」と尋ねてみた。
先輩は青ざめた顔で話し始めた。
「…思い出したんだけどあそこさ、あの建物、たしかうちの学生が昔心中してんだよね…心中してんだけど、し損ねてんだよね」
昔、映像にあった建物で、結婚を反対された男女が首吊り心中を図ったという。しかも、首吊り自体は失敗に終わり、そのあとそれぞれが自ら手首を切って自殺を図ったそうだ。
「…で、でも、男は助かってるはずなんだよね…ためらっちゃったらしくて。女だけ死んでるんだよ…。女のほうは、ちゃんと、切ったから」


そのあとのことは話したくありません。

T君は口を閉ざした。
おそらく Sはもう亡くなっていたのではないだろうか。T君が言うには、あとで警察に怒られてもいいからと、とにかくその場でDVDを焼いたそうだ。


ところでもしそうだったとしたら、そのDVDをサークル室に持ってきたのは誰なんだろう?


※この話はツイキャス「禍話」より、「あてつけ心中」という話を文章にしたものです。(THE禍話 第28夜 2020年2月1日)


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