更紗語創作の意外な落とし穴


ここまでのおさらい

・更紗語って何という人は → 前回の記事を参照

今までに何度も述べてきたが、想界には「現想対称性」という鉄の掟が存在する。これは、「想界にも想像地図作者がいて、彼または彼女は日本(というか地球)を想像地図として描いている。だから、この裏設定を成り立たせるためには、想界は『彼または彼女が日本を正しく思いつけるような世界』でなければならない。」というものである。

このルールは、言語に対しても適用される。従って「想界には『日本語』の作者がいて、彼または彼女は日本語を架空言語として創作している。だから、この設定を成り立たせるためには、想界は『彼または彼女が日本語を正しく思いつけるような世界』でなければならない。」ということになる。「彼または彼女」は更紗語話者なので、更紗語が日本語に勝るとも劣らない複雑さを持っている必要があるというわけだ。

連濁の話

日本語には「連濁」という現象がある。例えば、「山(やま)」という単語と「田(た)」という単語が結びつくと「山田(やま)」となる。後側の「田」の読みが「(清音)→(濁音)」に変化する。一方、順番が逆の「田山(たやま)」では「田」は「た」のまま変わらない。

このように、日本語には複合語になると後側の単語の語頭が清音から濁音に変化するような単語がある。これを連濁という。連濁は必ず起きるわけではなく、「中島」は「なかじま」だったり「なかしま」だったりする。駅名だと、名古屋市の「矢田駅」は「やだ」だが、大阪市の「矢田駅」は「やた」である。

さて想界には「梨木(なしき)駅」と「梨木(なしぎ)駅」の両方があり、いずれも更紗語を意訳したものと解釈されている。今この2つに連濁の有無の差が現れていると言うことは、更紗語にも連濁に類する語形変化があることを示唆している。もちろん、清音が濁音に変化するという変化の形式が同じであると決めつけることはできないが、2つの語が結びついたときに後側の語が何らかの音韻変化を起こす現象があることを想定する必要がありそうだ。

被覆形・露出形の話

さて、連濁は一般にも知名度が高い現象だが、日本語には被覆形と露出形という現象もある。

例えば、「酒(さけ)」という単語と「屋(や)」という単語が結びつくと「酒屋(さや)」となる。前側の「酒」の読みが「さ(sake)→さ(saka)」に変化する(母音がエからアに変わる)。一方、順番が逆の「甘酒(あまざけ)」の場合、「さけ→ざけ」という変化(先述した連濁)は起きているが、母音はエのまま変わっていない。

このように、日本語には複合語になると前側の単語の語尾の母音が変化するような単語がある。「さけ」のような形を露出形、「さか」のような形を被覆形という。「船(ふね)」という単語も、「屋(や)」と結びつくと「船屋(ふなや)」となり、「酒」と同じような変化を起こす。「金(かね)」「金物(かなもの)」も同様の変化だ。

この変化も必ず起きるわけではなく、「酒屋」は「さかや」だが、「酒飲み」は「さけのみ」であり「さけ」のまま変化していない。

連濁と露出形・被覆形の語形変化が両方とも生じる場合がある。例えば、「船(ふね)」と「橋(はし)」が結びつくと、「ふね」は露出形から被覆形に変化して「ふな」となり、「はし」は連濁を起こして「ばし」となる。その結果、「ふなばし」となる。ラテン文字で書けば fune + hashi → funabashi という変化を起こしており、冷静に考えてみるとかなりダイナミックに語形が変わっているではないか…。同じような変化は、「雨」+「傘」でも起こる(ame + kasa → amagasa)。

「酒」や「船」は、露出形でも被覆形でも表記はそのまま変わらない。しかし、中には表記が変わった結果、両者が同じ単語だったという意識が薄れたとみられる単語がある。その代表例が

「飴(あめ)」と「甘(あま)」
「岳(たけ)」と「高(たか)」

である。

さて想界には「岳部(たけべ)」と「高部(たかべ)」の両方の地名があり、いずれも更紗語を意訳したものと解釈されている。今この2つに露出形・被覆形の変化の有無の差が現れていると言うことは、更紗語にも露出形・被覆形に類する語形変化があることを示唆している。もちろん、母音が変化するという変化の形式が同じであると決めつけることはできないが、2つの語が結びついたときに前側の語が何らかの音韻変化を起こす現象があることを想定する必要がありそうだ。

現状の更紗語は…

現状の更紗語では、露出形・被覆形については日本語と同じく母音が変化するというシステムが考えられている。更紗語で田んぼを意味する nwo という単語は、通常は nwo だが被覆形として nwa という語形変化を起こすことを想定している。「中」を意味する pi という単語と結びつくとき、pi が先に来る場合は pinwo となるが、nwo が先に来る場合は o→a という母音変化が生じて nwapi となる想定である。

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