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空をたたいて

187.思い出というには少し色のこい陽射しを遣う空だけが在る

ぼくが はじめ ただの みずたまり だったとき、ぼくは なにも わからなくて、だから なにもかも わかっていた。
ぼくは いつも つるん としたものと いっしょで、それが みずだと わかるまでは くちと はなが できるのを またなくては いけなかった。
ときどき、みずに まじって やわらかな どろや、かたい いしの つぶが ぼくの なかに はいってこよう とするのを かんじた。ぼくは そのぶんだけ じぶんを おおきくして、かれらの ばしょを つくった。
だんだんと からだが おおきくなって しばらく たったとき、なにかが ぼくの なかで はじける おとが きこえた。からだが おおきくなりすぎて やぶれてしまったのだ。
じぶんに みみが あることに きがついたのは そのときだった。
からだに ためこんだ どろや こいしと いっしょに くろいもやが しみだしてきて、あたりいちめん くらくなった。よる という じかんが あって、め というものが あるのも そのときに しった。でも、ぼくには すべきこと というのが ないので、みずの においを かいだり、やぶれた からだを なでたりして すごした。

あるとき、ぼくの ずっと うえのほうに なにかが いることに きがついた。それは、とん、とん、とん、という おとを だしている。
めを こらしてみたが、まっくらで なにもみえない。
からだを ゆらして、ちゃぷ、ちゃぷ、という おとを ならしてみると、うえの おとが やんで、なにかが ぼくの そばに たった。

「かってに はいってきて、どういうつもりなの」
「どういうこと」
「わたしの ばしょを くろくしたのは あなたでしょう」
「そうかもしれない。でも ぼくは ずっと ここに いたよ」
「そうなの。でも どうでもいいわ」
「きみは なにをしているの」
「だれかが ここから だしてくれるのを まってるの。そらをたたいて。でも あなたじゃ だめね。ふにゃふにゃ で ちから も なさそうだし」
「ふにゃふにゃ ってなに」
「いまにも とけてなくなっちゃいそう ってこと」
「ちから ってなに」
「ここから わたしを だしてくれる ってこと」
「なるほど」
「じゃあ わたしは いくわね。さよなら」
「さよなら、でも」
とぼくは つづけた。
「ぼくは きみのこと すきだし、ずっと ここに いるよ」
「あなたって おはなしが へたなのね。わたしは くらいのは いやなの。じゃあね」

それからしばらくたつと、うえのほうで とん、とん、とんという おとが はじまり、いつのまにか やんで、またはじまる、というのがつづいた。
ぼくは それに あわせて ねむったり おきたり するようになった。
あるとき、ながい ながい しずけさが つづいて、ぼくは みずのなかで よくねむった。めをさますと、からだの やぶれたところが なおりかけていて、そらから こえが ふっていた。
あのこの こえだった。

おもいで というには
まだ いいいろ してるの
いつか そらを たたいて
おちる ことば すくって
ほしい やさしくね

いつのまにか そらは あかるかった。
みあげると あのこは いなかった。

それから ときどき、ぼくは からだに ためておいた よる といっしょに あのこの こえを とりだして、そらに はなしてみる。
くらいみずを ちゃぷ、ちゃぷ、とゆらしながら。

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