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縮む病気

 人の身体が縮むという病気があった。
 表面の皮膚の下で少しずつ筋肉や骨が縮んでいく。内臓もそれに合わせて小さくなっていく。
 皮膚の下に隙間ができて、皮がたるんで見える。元の皮膚の下にも新しい皮膚ができる。
 全身が弛んで皺になって、紙をくしゃくしゃにしたような容貌になり、それも乾燥してミイラめいた様子になったあとで、その皮が破れて中から少しだけ小さくなった人が出てくる。
 昆虫や爬虫類の脱皮のようである。顔も形もほとんど変らないが、ただ少しだけ縮んでいる。蛇の類が脱皮するのは成長のためでもあるが、この病気の場合は成長せずに縮退するのだ。
 しかし、縮んで破れて出てきた直後は、肌の色艶も子供のようで、これまで身体に残留し続けた疲れや歪みもきれいに一掃されたように元気になる。はっきりと若返るわけではないが、確かに仕立て直されたかのように活力を取り戻したように見える。
 発症するとこれが数年おきに繰り返される。その度少しずつ少しずつ身体は縮んでいく。だんだん頻度が増えて、末期になると数日置きに脱皮するようになる。そういう病気なのだ。
 最後の頃には身体の大きさは幼児ほどにもなり、肌は生まれたての赤ん坊のよう。目も澄んでいて、今まで何も写したことがないかように美しい。
 しかし、その目には絶望が映っている。ここまで来ると彼が亡くなるまであと数日というところになる。手足も弱くなり、筋肉は呼吸にも十分でなくなり、浅い息を忙しく繰り返す。神経も脳も縮み、思考はかすれるようになるという。
 病院の小児用のベッドに寝かされ、少しずつ減っていく自分を朦朧とした視点で見つめらながら、ゆっくりと死んでいくのだ。
 この病気の最終的な死因はほとんど心不全である。心臓だけは中々上手く縮まずに、小さくなっていく身体のために鼓動を調整することもできない。脈動を作り出す自分の役目に疑いが兆し、心臓は戸惑いながらその仕事を放棄するのだ。


(記: 2021-05-10)

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