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【創作大賞2024応募作 エッセイ部門】一人暮らし女子の初めての週末

一人暮らしを始めて、最初の一週間が無事終わった。
子どもの頃から憧れていた一人暮らし。
夢が叶った喜びであふれているかと思っていたけれど、実際はそれほどでもなく、というよりも、そんなことを考えている余裕もなかった。

朝は寝坊しないように目覚まし時計を何個もセットして頑張って起きて、朝ごはんの準備をしながら身支度をして出勤して。
会社が終わったら食料品を買うためにスーパーに寄って重い食材を持って帰って、夜ごはんのために料理をして。お風呂の準備もして、洗濯もして、次の日寝坊しないように早く寝て。
仕事だけでも大変なのに、家事までこなすのは大変だった。
なにより心配性の私は、ちゃんとガスは消したかな、玄関のカギは閉めたかな、変な人が家の前にいたらどうしよう、と常に気を張って過ごしていた。
一週間を振り返ると、ずっと緊張していたような気がする。
実家にいた頃は気にしたこともなかった不安の反動で、金曜日の夜は疲れて動けなくなってしまった。

一人暮らしを始めて最初の週末、私は実家に帰っていた。
たった一週間なのに懐かしいと思ってしまうほど、実家はやっぱり居心地が良い。
そして私は気が付いてしまった。
自分が安心しきっていて、全然気を張らずに過ごせていることに。
そうか、この一週間私がずっと気を張っていた不安や家事の数々は、全部ママが私のためにやっていてくれたことなんだ……。
今までの自分がそのことに気付きもせずに過ごしていたことが、急激に罪深く思えてきた。

日曜日。
実家でお昼ごはんを食べた後、一緒に買い物をしましょう、とママが私を送りがてら電車に乗って来てくれた。
それなのに、今日は家までは行かない、と言う。
食器や鍋を見た後で、少しだけ服を見て、靴を買ってくれた。
食料品を買ってから駅前のデパートでお茶をしていたけれど、夕食の準備をする時間だから、とママは帰って行った。
駅でママを見送った後、改札前で立ちつくしていた私。
すぐに家に帰る気になれず、またデパートに戻って歩き回った。
もう見るものも無くなり、さすがに足も疲れてきたので帰ることにしたけれど、そのときにはすっかり日が暮れてしまった。
無意識に体を強張らせながら、私は家までの道を足早に歩く。
時々後ろを振り返りながらマンションに駆け込み、玄関のドアを閉めると、私は大きく息を吐いた。

無音。

一人で家に帰るときの怖さや緊張感がとてつもなく悲しくなった。
どうして私はこんな思いをしなければいけないんだろう、とすら思うほどだ。
一人暮らしをしたいと言ったのは私なのに。会社には実家からでも通える距離だったのに。
「……」
得体の知れない渦に飲み込まれそうになって、私は慌てて夕食の準備にとりかかった。
何も考えたくなくて、私は黙々と動いた。
ほどなくして小さなダイニングテーブルに並んだのは、ごはんとお味噌汁と、ママが持たせてくれた野菜炒め、かぼちゃの煮物、鯖の塩焼き、などなど。
見慣れた料理が、見慣れない小さなテーブルに並んでいることに違和感を覚えたとき、ママからメッセージが届いた。
「夕食は終わりましたか?私たちも同じ物を食べました」
涙が出てきた。
そんなはずではなかったのに、泣いているうちにだんだん悲しくなってきて、私は久しぶりにしゃくりあげて泣いた。
一人暮らしが嫌になったわけでもないし、実家に帰りたいわけでもない。
寂しくて仕方ないわけでも、怖くてたまらないわけでもない。
何がそんなに悲しいのか分からないけれど、とにかく泣きたかった。
一人暮らしを始めてから、泣いたのは初めてだった。

一人暮らし最初の一週間は、短いようでとても長く、長いようでとても短かった。
でもママに言ってもらったように、「少し大人になった」気がする。自分で言うのもおかしいけれど。
その証拠に、気持ちは落ち込んでいても、きちんと食事をして、お風呂に入って、洗濯もできた。テレビを見ながらアイロンをかけられたし、気分を整えられたから。
明日からの一週間に備えて、その日私は22時には寝た。

次の週末は、ママが私の家に遊びに来てくれることになっている。たった一週間のことなのに、その日が待ち遠しくて仕方ない。
きちんと生活しているところを見てほしくて、会社から帰って来てから毎晩隅々まで念入りに掃除をしている。
仕事で帰りが遅くなる日もあるけれど、面倒だと思うこともなくせっせと掃除をする自分が我ながら不思議なくらい頑張っている。
誰かを家に招いてもてなすことって、こんなに楽しみなことなんだ。
掃除をしながら、週末帰った実家のトイレに花が飾ってあったことを思い出した。
ママも同じ気持ちだったのかな、と想像するとうれしくなった。

火曜日の朝、ふと思いついた。
先週ママが持たせてくれたかぼちゃの煮物を、私も作ってみよう。
ママがそうしてくれたように、私もママに持って帰ってもらおう。
ママが驚く顔を想像して、私は無性にワクワクしてきた。
早く週末になればいいのに。
そう願いながらの残り4日は、いつもより早く過ぎていった気がした。


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