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【創作大賞2024応募作 恋愛小説部門】青が満ちる 第11話

【第1話】  【前話】

私の目の前にはアイドル雑誌が置かれている。
買い物帰りに覗いた本屋の雑誌コーナーで、「ナガレボシ大特集!」の文字を見付けて、思わず手に取ってしまったのだ。
大量に買い物をした後だったので、重い荷物を持ったまま立ち読みするのは辛かったこともあって、雑誌を買って家でじっくり読むことにした。

アイドル雑誌なんて買うのは何年ぶりだろう。中学生や高校生の頃は、好きなアイドルが特集されている雑誌は毎月のように買っていた。
周りから見ればもう大人という年齢の今の私がアイドル雑誌を買うことに、恥ずかしさを感じなかったと言えば嘘になる。
でも、好奇心が勝ってしまい、思い切って買うことにしたのだった。

ナガレボシの大特集と言うだけあって、10ページ以上割いて写真やインタビューが掲載されている。もちろん表紙は彼ら3人が大きく写っている。
私はまず蒼くん個人のページを読んでみた。

「恋愛観について――
僕は一目惚れってしたことは無いかな。やっぱりその人の性格というか中身が好きになれないと、恋愛は始まらないよ。だから最初は友達として仲良くなって、一緒の時間を過ごしていくうちに好きになる、っていうパターンが多いかな」

私は目を見開いてしまった。
(これは、慎一くんのことを指してる…?)
あんまり蒼くんが深く語ると慎一くんのことがバレてしまいそうで、私は読みながら一人でハラハラしていた。

心配な気持ちを抑えながら、続きを読み進めてみると、

「僕の好みの女の子は、やっぱり明るい子かな。小さなことでも一緒に笑い合えたら、毎日楽しいからね。あとは、僕を頼ってくれたら、すごくうれしい」

キラッとしたアイドルスマイルが目に浮かぶような口調で書かれた文章に、私は唖然とした。

(なーにが『僕を頼ってくれたら』よ。いっつも慎一くんに頼っているくせに!)
「アイドル・笹野蒼」は、私に突っ込まれていることなんか知らずに、恋愛観を語り続けている。

「悩みがあったら聞いてあげたいし、辛いことがあったら僕に愚痴を言ってくれてもいい。好きな人のことは全部知りたいと思うから、何でも話してほしいんだ。同じように僕のことも全部知ってほしいから、僕も何でも話すよ。そうやって深い関係になっていけると思うんだ」

そのコメントの隣には、ウインクをする蒼くんの写真が載っている。次のページには、天使の衣装を身にまとった蒼くんが笑っている。
どの写真も確かに可愛いけれど……。
「まったく、詐欺師にも程があるわ……」
思わず独り言が出てしまった。

言葉を発せず、動きもしない蒼くんの写真を見ていると、間違いなく可愛さも併せ持つかっこいいアイドルに見えるけれど、実際の蒼くんはそんなんじゃないのに!
そもそもこのアイドルスマイル自体嘘くさい。
普段私たちと生活している中ではアイドルスマイルを困った時の必殺技のように使っているのを知っているだけに、「みんな、騙されてますよー!」と叫びたくもなる。

アイドルに夢を見る女の子たちの気持ちはよく分かる。
実際昔好きだったアイドルのコメントは私もすべて信じて読んでいたし、写真に対しても嘘くさいだなんて感じずに、純粋にかっこいい、と思って見ていた。
アイドルという存在は言葉の意味通り「偶像」なんだということが、蒼くんと生活をするようになってから身に染みて感じるようになった。

アイドルだって所詮は人間で、短所もあるし苦手なものもある。わりと自然体で仕事をしている蒼くんでさえ、世間には見せていない部分はたくさん持っている。性格も癖も感情も。
それでも世の中には何十万という蒼くんのファンがいて、彼の良い面しか載せていないこの雑誌を見て惚れ直しちゃってる女の子が続出しているのだろう。
そういう職業なのだから仕方無いのかもしれないけれど、私はなんだか無性に悔しくて、付録の特大ポスターをリビングに貼ることにした。
「詐欺師」へのせめてもの仕返しだった。

夕方になって帰ってきた蒼くんは目敏くポスターを見付けると、顔を真っ赤にして私を睨んできた。
「ヒナコ!あの雑誌買ったの?」
「うん、ナガレボシの特集だったから買っちゃった」
「なにが『買っちゃった』だよぉ」
はぁぁぁっ、と大きなため息をつく蒼くん。そんな蒼くんを見て、私は少しだけ苛めてみたくなっていた。
どう苛めてやろうかと考えていると、蒼くんが不機嫌そうに「……もう読んだ?」と聞いてきた。私は勝ち誇ったように言ってやる。
「当たり前じゃん。全部読んだよ」
蒼くんはもう一度ため息をつくと、ぼそっと「最悪」とつぶやいた。
「なんで?あ、蒼くんも読む?はい、どうぞ!」
私はニヤッと笑いながら、蒼くんの目の前に雑誌を置いた。
蒼くんは唇を突き出して拗ねたような表情で私を睨みつけ、その後で雑誌を睨みつける。

しばらくしてようやく降参した蒼くんは、しぶしぶ雑誌に手を伸ばす。
私は心の中でガッツポーズをしてから、彼の様子を観察していた。
「でも話してる内容はまともだと思うけどなぁ」
ほら、と蒼くんに言われて、指差された文章を読み直してみる。

確かにふざけたことを話しているわけではないと思う。正直で真面目なコメントだと思う。
慎一くんとのことを前提にして読むと尚更だ。
「うん、そうかも。だけど、この写真のせいで嘘っぽく感じるんだよね」
全力でアイドルスマイルをしている写真を指差して、雑誌を蒼くんの目の前に持っていく。
覗き込む蒼くんに、「ほら、これなんか特に」と言いながら、天使のページを開いてみる。
「ははっ、可愛いでしょ?」
「冗談でしょ。アラサーのくせに」
「すごいでしょ?奇跡のアラサーだよ」
「しかも天使って何?蒼くんは天使というよりも小悪魔のくせに」
「なにそれ!俺のどこが小悪魔なんだよ!」
「全部」
「……ヒナコ、おまえほんとに最悪」
「最悪って何よ。だって普段こんな笑顔しないじゃない。私たちに向ける笑顔ってこんなんじゃないよね?」
「いいんだよ、アイドルっていうのは、世の中に愛と夢を振り撒く職業なんだから」
そう言って、蒼くんは、「ねっ」と小悪魔スマイルを向けてきた。
私はため息をついて、もう一度天使バージョンの写真を見つめた。
(やっぱり別人だわ……)

当の本人は自分の雑誌にはまったく興味が無いのか飽きたのか、「それより慎ちゃんは?まだ帰ってきてないの?」と騒ぎ始めた。


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