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よたよた。

窓際のベッドで、長く続く雨音が心地よくて起きられない。


こわばった体を起こしてよたよたとラウンジルームへ向かう。ハイキングの人たちはもうとっくに出て、寝坊組はまだ夢の中。雨の朝、一人で飲むコーヒーが格別においしい。昨日は快晴で、トレスデルパイネへのバスはいっぱいだった。アップダウンが絶えない道を一日歩いて倦怠感が心地いい。誰にもとがめられず一日ソファで過ごせるような、そうゆう感じ。山を登った後のあの感じ。観光シーズンも終わり掛けだけど山道は賑わっていて、山はそれでも圧倒的に大きくて、アリも馬も人間も、等しく点みたいだ。
およそ18キロだけど山道だから8時間。所要時間8時間と言われればきっちり8時間かかる私たちは、あっという間に行列からはぐれてひいひい言いながらゴールを目指す。ここのところ結構歩いていたんだけどな。思った以上に体力がなく、のぼりが続く道で酸欠にあえぐ。靴選びに1週間かけても、母のウォーキングステッキをくすねてきても、持つべきものは日ごろの足腰の強さだと、前を歩く登山者の小さくなる背中を見て思う。こんなことを山登りのたびにしみじみと思っては街へおりて忘れてしまうから、自分で呆れるのだけど。


足を引きずりながら雨の合間の街へ出る。プエルトナタレスはトレスデルパイネの麓。冬の気配がしている。もうひと月もすれば観光客はぱたりといなくなると宿の主人が言っていた。トタンとベニヤの家々は慎ましいようで寒々しいようで、色鮮やかに塗られた壁が心細い街並みにぽっとささやかな火を灯す。


こうゆう日はあっという間に過ぎて、気づけばもう日が傾いている。たまたま見つけた八百屋さんでどっしりと重いりんごを買って、またよたよたと帰路に着いた。

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