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人的資本経営・開示の先にある恐ろしき時代

「人的資本経営」や「可視化・開示」という言葉を、ニュースなどで見かけるようになってきました。

 もしかすると「経営者じゃない自分にはあまり関係ない」「上場企業しか関係ない」と思っている方もいらっしゃるしれません、しかし実は、社員一人ひとり、特に現場のマネージャーに大きな影響を及ぼしてきます

 というのも、会社が重視している「人の指標」を高められない人材には、再教育や異動、降格といった厳しい対応が容赦なく行われる時代が訪れる可能性があるからです。

 なぜ、そういった時代が訪れる可能性があるのか?皆さん自身の評価や処遇にどの様に影響があるのか?

 こうした疑問にお答えするために、まず人的資本経営や開示の目的や、目指す世界観を理解いただく必要があります。拙著『図解 人的資本経営』では、企業や組織に対する影響や行うべきことを分かりやすく解説しましたが、そこで触れた内容なども一部引用しながら、一人ひとりに対する影響について順を追ってご説明します。

人的資本経営って何?


 人的資本経営とは、簡単に言うと、「人を投資対象とみなして、企業価値向上させる経営の方法」です。

 世の中の投資対象と言えば、株や不動産などがあります。自身で投資をされた経験がある方はお分かりになると思いますが、「投資」はとてもシビアなものです。自分の大切なお金を投じるわけですし、きちんとリターンが得られているかも”数字”で明確に分かります。逆に言えば、「この株は、良いリターンを生んでないな。手放してしまおう」という判断がとてもしやすい世界です。

 人的資本経営という言葉が世に広がったのは、2020年9月に一橋大学の伊藤邦雄教授が発表した『人材版 伊藤レポート』がきっかけでした。これは2014年に発表された『伊藤レポート』のある意味スピンオフ作品です。2014年の『伊藤レポート』では、企業と投資家の対話による持続的成長に向けた資金獲得や企業価値の向上、ROEの目標水準を8%とすることなどを提言したもので、世の中に大きな衝撃を与えました。

 そして、企業価値向上においては、人が重要であるということから『人材版 伊藤レポート』が世に出され、「人的資本経営」という言葉が生まれたのです。こうした文脈からも「人的資本経営」という概念には、投資家の目線が色濃く反映されているのです。

人的資本の開示って何?


 次に、人的資本の開示についても説明しておきます。人的資本の開示は、株主や投資家が「企業として人への投資って、何をしていて、どういうリターンがあったの?」を理解する仕組みです。

 例えば、”人の教育”に毎年どれくらいお金を掛けているか?その効果はどの程度あったのか、ということを数値化して把握し、公表していくことです。人の教育は一例ですが、経営において重要な人の指標を定めて、その状況や結果をきちんと投資家や株主に説明することが求められているのです。

 2024年2月現在、人的資本の開示は上場企業のみの義務です。また、開示が義務化された指標も、女性管理職比率や男性の育休取得率などごくわずかです。しかし、諸外国でもこうした人的資本を開示していく動きは加速しており、日本もその例外ではありません。また、人や組織の状態や変化を数値化して分析しようとする企業も増えており、人に関するあらゆる情報が数字で見定められる世界が訪れようとしているのです。

人的資本経営・開示の先にある世界は?

ここまでの内容を整理すると、

  • 人的資本経営には、人に対する投資をシビアに判断する側面がある
    (投資家目線が色濃い)

  • 人的資本の開示は、その判断を支える仕組みであり、
    人の情報の”数値化”は今後より加速していく

ということでした。これらを踏まえて、今後訪れる世界をやや悲観的な目で予測してみましょう。


 まず、人的資本の開示が進むと、企業としては、株主や投資家といったステークホルダーから「この数字が良くないぞ!」とか「なぜ、この数字はこうなっているのか?」という意見をこれまでより多く受けることになると予測されます。

 例えば、エンゲージメント・サーベイの数字や、離職率、従業員1人あたりの売上や利益などの数字が分かりやすいかもしれません。企業としては、こうした糾弾を避けるために、特に開示する指標に関しては、必死で問題点や原因の潰し込みをしていくことになるでしょう。こうした動き自体は問題ありませんし、開示の目的の1つではあります。

 これまでは、人に関する問題や原因は、良くも悪くも「解像度が粗い」状態でした。例えば、まだ人的指標が可視化されていなかったり、人のデータがそれほど集まっていない場合、「恐らくこの職場に問題がある」とか、「恐らくコミュニケーションに原因がある」といったレベルでしか判断が付きませんでした。

 しかし、あらゆるデータの収集、統計的な分析が進んでいくと、「誰の何が悪さをしているのか」「それによって指標にどういう影響があるのか」ということが鮮明に見えてきます。これはある意味、現場マネージャーや社員にとっては恐ろしい世界です。

 例えば、次のようなことが予測されます。

  • 職場エンゲージメントを低下させている最大の原因が、マネージャーであるあなたの資質にあることが数値的に(統計的に)明らかになる

  • 組織の生産性(1人あたり売上)を低下させている最大の原因が、あなたの同僚との関わり方にあることが数値的に(統計的に)明らかになる

 朝、メールを開いたら「あなたのこういう言動が○○指標を下げています」というアラートが日々飛んでくるようなことも起こるかもしれません。この程度で済めば良いですが、企業としてその指標を悪化させる”原因”を素早く取り除こうとする可能性もあります。

  マネージャーの再教育などで済めば良いですが、人の入れ替え(異動)や降格なども行われる可能性があります。人の指標に貢献できない人(阻害する人)は、処遇がどんどん下がっていく可能性があるのです。


 もちろん、やや悲観的なシナリオではありますが、日本の国民性からすると、あり得ないわけではありません。「恥の文化」と称されるように、人前で恥をかくことを嫌う国民性。また、田舎道でまったく人や車が居なくても、必ず青信号を守る国民性。

 「公表する数字を良くしたい」「目標達成を守りたい」という意識が強まれば強まるほど、こうした悲観的なシナリオは現実味を帯びます。拙著『図解 人的資本経営』でも触れていますが、経営としてこうした”シビアさ”に加えて、やはり”人間性(人情)”も大切にしていかないと、間違った選択をしてしまう可能性があるでしょう。

 ここまで、人的資本経営や開示の先にある「一人ひとりにシビアで恐ろしい時代」についてご説明してきました。では、こうした時代を一人ひとりのマネージャーや社員としてどう生き抜いていくべきか、別の記事でまとめていきたいと思います。

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