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彷徨うおっさん

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仕事以外での人生経験、生き方や思想について語ります。
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記事一覧

彷徨うおっさん42 ものを無くしやすいおっさんの欠点との向き合い方考察(5/5) 現実的な策で

 前回は、ものを無くさないための具体的な策を考察する一方で、現実的な策が、人との関係によってグダグダと意識の問題にすり替わってしまう。その現状について導入を述べた。  今回はその続きを述べ、結局自分の欠点とどう向き合っていくかを考察したい。  結局ものを無くした時の例で言えば、対策として ① 分かりやすくチェックリストや保管場所の明示などを行うこと ② 謝罪をし、意識向上のための研修を行う ③ 現状のやり方をなるべく変えずに、追加でできることを探す  こんな効果の薄いこ

彷徨うおっさん41 ものを無くしやすいおっさんの欠点との向き合い方考察(4/5) システムと妥協で欠点と折り合う

 前回は、おっさんの無くしものランキングの2~1位の現状について述べた(内容は前々回に続いてただのあるある系)。  今回は、ものを無くさないための具体的な策を考察する一方で、現実的な策が、人との関係によってグダグダと意識の問題にすり替わってしまう、その現状について導入を述べたい。 <ものを無くさないために、はてどうしようか?>  話が長くなりすぎたが。。。  結局ものというのは、意識が散るなどして紛失してしまう。  それは必然であるとおっさんは思う。  とはいえ、それで

彷徨うおっさん40 ものを無くしやすいおっさんの欠点との向き合い方考察(3/5) 無くしものランキング詳述②

 前回は、おっさんの無くしものランキングの5~3位の現状について述べた(内容としてはただのあるある系)。  今回は、ランキングの2~1位について紹介したい(今日も結局、ただのあるある系)。 2.小銭入れ  最近は小銭入れ自体の出番が少ないため、カバンの奥深くに入れるようにしている。しかしつい最近、いつの間にか無くなっていた。運用失敗である。  カバンに入れる以前は、長辺10cmぐらいのサイズで、おしりのポケットに入れていたのだが、札の入ったメインのサイフを取り出すときに

彷徨うおっさん39 ものを無くしやすいおっさんの欠点との向き合い方考察(2/5) 無くしものランキング詳述①

 前回は、急に立て続けにものが無くなったおっさんが、思い立って本記事を書くことにし、無くしものランキング5を述べ、ものを無くしやすい割に、大事なメインの札入れ財布を無くさなくなったのは自動的受動的なシステム化に成功したからと紹介した。  今回は、前回述べたランキングの5~3位について紹介し、それでも無くならない無くしものの現状について紹介する。 5.消しゴム  筆記具全般紛失しがちであるが、おっさんは決まって消しゴムを紛失する。  なるべくペンケースに入れるようにしているの

彷徨うおっさん38 ものを無くしやすいおっさんの欠点との向き合い方考察(1/5) 立て続けにものが無くなった話

 おっさんはよくものを無くす。なんともだらしのないことだが、いくつになっても中々この性質は治らない。  つい先日も小銭入れが無くなった。小銭入れの中には、家の合鍵も入っていたので、合鍵も無くした。  そしてその動揺が収まらない中で、クレジットカードも紛失した。  クレジットカードはメインの札入れ財布にいつも収納している。だが夕方に立ち寄った弁当屋まであったそれが、夜に近所のスーパーで会計をしようとしたら、 いつものスリーブからカードが忽然と消えていた。  これはいよいよ参

彷徨うおっさん37 書くことが無い? おっさん流執筆を継続させる考え方(後編)

 前回は批判を恐れて投稿を躊躇することは、極端な話、会社で感情を殺す行為や、道化を演じるような茶番と同じである旨を述べた。  また、自分では駄文と思っていた記事程人気があるなど、チグハグの状態が普通であるので、人気に一喜一憂するよりも、本当に伝えたいことを書いた方が良いとの意見を述べた。  今回は、それらを受けた内容として、続かない理由についてのまとめを述べたいと思う。 <前回の続き> 折角自由な投稿の場であるだ。自分の意見を書かずしてなんの意味があるのだろうか。(※商売

彷徨うおっさん36 書くことが無い? おっさん流執筆を継続させる考え方(中編)

 前回はおっさんが何故ネタが尽きないのかの問いに対して、欠点のある投稿に躊躇が無いという考えを述べた。また、その欠点のある投稿パターン6つのうち、4つまでを紹介してきた。  今回はその続きの⑤、⑥と、執筆が続かない人が、書きたくないことを書いている可能性について述べていきたい。 ⑤データによる裏打ちのない考察  特に理系出身であれば、きちんとした統計やエビデンスに基づかない意見は「戯言」であると教えられ続けてきたと思う。  闇雲に意見を述べても、「そうなるのはお前だけだろ

彷徨うおっさん35 書くことが無い? おっさん流執筆を継続させる考え方(前編)

 noteの連続投稿を始めて既に投稿数は120回を超えた(4ヶ月以上連投に)なった。また、それ以前にも長文によるコラムや、こまごまとしたレビュー、意見表明などの記事を、SNS他でそれなりに高頻度で書いてきたつもりである。  そういうおっさんを知るリアルでの友人らは「よくそんなにネタがあるね」と驚きを見せることがある。  定期的に書き続けるだけならだれでも余裕なのではと、おっさんは思っていたのだが、案外そうでもないのかなと最近は思う。。。?   ならば今回はそんなnoter

彷徨うおっさん34 生の男女論_動物園デートですれ違う心(後編)

 前回は、動物園の在り様について考察するおっさんと、ひたすら可愛いとはしゃぐ彼女とのすれ違い体験談と、女性が可愛いを追求するのみである理由について考察を述べた。  今回は、楽しむの価値観の違いと、浅い共感ばかり求めてくる付き合いづらさについて述べたい。 <楽しむの価値観が違う>  この動物園デートから数カ月ぐらいしたころ。  残念なことに、おっさんは別件で彼女に大きな感情をぶつけられ、急にこのデートでの態度も蒸し返された。 「あの時つまらなそうだった。わたしはせっかく動

彷徨うおっさん33 生の男女論_動物園デートですれ違う心(前編)

 男と女は別の生き物だという。脳がどうとか、古来からの役割(子育て・採集)がどうとか、何とも言えない説が飛び交っていて、何が真実なのかは分からない。  だが、個人的な実感として、違う生き物であるということには賛同したい。それが生来のものか、育て方によるものなのかは別として。  かくも今回は、そうした女性の在り様について、違和感や違いを感じた出来事を、おっさんの動物園デートでの体験を交えながら紹介する。 (本記事は、国内唯一のフォッサが動物園で死んだ話を受けて思い出した。)

彷徨うおっさん32_下半身スキャンダルのくだらなさ(後編) 有権者ならば低俗なスキャンダルで騒いで政治を止めるべからず

 前回は最近のスキャンダルとそのコメントに対する炎上について紹介し、政治家は聖人君子である必要はない旨のおっさんの私見を述べた。  今回はその続きとまとめを述べる。 <前回の続き>  他者の下半身の緩さに個人が怒るとしたら、それは家族や恋人がそうであった場合までではないだろうか。  そこはやむを得ないとは思う。究極的には生き物であり、男であり、女である。肉体的にも精神的にも性に奔放なパートナーといるとヤキモキする。加えて子供が居れば、子供はナイーブだから余計そんなスキャン

彷徨うおっさん31_下半身スキャンダルのくだらなさ(前編) 政治家は聖人君子でなくてもいい

 スキャンダルが報道される。そしてスキャンダルで怒ったり騒ぐ人達に対して賛同的でない意見を述べると炎上する。そうした事例が後を絶たない。  スキャンダルに乗せられて勝手に怒ったり有名人を批判することに何の意味があるというのか。実にくだらないことと思う。  今回は下半身スキャンダルのくだらなさについて、おっさんの私見を述べたい。 <若手議員がダンサー呼んで云々>  つい先日、自民党若手議員らの懇親会で過激ダンスショーと称される、スケベで不適切な催し物があったとされ、物議を

彷徨うおっさん30 昨今の「共感」議論の危うさ(4/4)共感とは本来有難いものだ

前回は、共感する気遣いの有り様について、例を交えて述べた。 今回はその続きで「共感しない気遣い」についてと、共感とは本来かくあるべきについて述べたい。 <共感する気遣いよりも、共感しない気遣いが良いのでは? 続き>    前回の共感する気遣いのまとめ①〜④を見てみると、やはり愛情と感受性を養うための、子育てそのもののようなやりとりと同じである。  だが、だとすれば万人受け(大人向け)ではないだろう。  大人に対してこれらのスタンス一辺倒では、誤りの放置や、それに伴う

彷徨うおっさん29 昨今の「共感」議論の危うさ(3/4)共感しない気遣い

 前回は、共感によるしっとりした友情の面倒くささについて述べてきた。  今回はその続きとして、共感の果ての友情の脆さと、共感する気遣いよりも、共感しない気遣いをおすすめしたいということを述べる。 ※本項では共感は女、問題解決は男と言う価値観をあえて前提にしている。 <共感によるしっとりした友情の面倒くささ 続き>  いずれにしても席を立って肩を持つか、止めるか、静観するかの動きは本当に人それぞれ、状況によりけりである。  そしてそれでも友情にひびが入ることなど全くない