400字日記 #1

 実家に向かうためのバスに乗りながら、玄関を開ける時「ただいま」なのか「おじゃまします」なのか毎回迷ってしまう事を考える。もう家を出ているのに「ただいま」は変な気もするが、母からしたら「おじゃまします」はよそよそしい感じがして寂しいかも知れないな、とも思う。実家と言ってもわたしが生まれ育った家ではなく、一度引越しているので郷愁のようなものはない。とはいえ引っ越してから20年以上経つので、母からしてみれば今の家のほうが長いのだ。この20年間で町の様子も随分と変わった。古い民家が更地になったなと思うと、マンション、マンション、マンションのオンパレード。銭湯も喫茶店も、踏切も無くなった。その代わりに巨大なショッピングモールができた。実家はあるがわたしの町ではない。いつまでもよそ者感は拭えないが玄関に近づくと母の炊く煮物の匂いがした。わたしは扉を開けながら、「どーもー」と漫才師のような声を発した。