ひと匙日記 戯れⅢ

6月2日(金)

 小さい方々は、わたくしの顔を、マスクをしている状態でしか見たことがありませんでした。ですのでいよいよ、マスクを外してもよい。というお達しが出てからも、わたくしはマスクをつけて、小さい方々と接しておりました。しかし、夏に向けていよいよマスクをはずしていきたいという思いがむくむくと湧き上がりました。そこでわたくしは、毎日少しずつ、すこぉしずつ、マスクをずらしていく作戦を遂行いたしました。はじめのうちは鼻までずらしました。小さい方々は、はじめこそ敏感に「鼻、見えてるよ」と注意してくださいました。が、次第に口までずらし、顎までずらし、さらに、ずらしの時間をじわじわと伸ばしていくうちに、小さい方々はわたくしのマスクのずれを気にしなくなっていました。
そしてついに本日、わたくしは完全にマスクを外して小さい方々の元に参りました。「なぜ、マスクをしていないのか」と質問攻めになるであろう事を、想定しておりましたが、実際には、誰もマスクについて指摘してくる方はいなかったのです。わたくしは拍子抜けいたしました。が、同時に安堵いたしました。小さい方々はむしろ、マスクのないわたくしに対して、これまで以上に体を寄せて話しかけてきたり、甘えるような仕草をしたりするではありませんか。
わたくしの地味なマスクずらし作戦は、ある程度、功を奏したと思いますが、それ以上に、マスクという、たった一枚の、小さな、薄い不織布が隔てていた壁がなくなるということが、小さい方々との絆を一層深めたのだと思うのです。