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動物たちの寿命

【動物たちの寿命】 中川志郎

寿命のぎりぎりまで

 1997年の後半は日本各地の動物園で著名な動物たちの訃報が相次ぎました。八月に名古屋市東山動物園の名物カバ「福子」が死亡し、九月には上野動物園のパンダ「ホアンホアン」、そして11月にはこれも全国的に名の知れた国内最長老だったローランドゴリラの「ブルブル」が他界しています。

 年齢的にみますとカバの福子は推定年齢47歳(1954年来園)で、カバの平均寿命である四十歳をおおきく上まわっており、しかも、1957年の初産以来、合計19頭もの子どもを出産し、国内はもちろん、国外にも血統がひろがっています。

 パンダの「ホアンホアン」は推定年齢25歳。記録によりますと、1979年に中国の四川省で保護されたもので、1980年に上野動物園に来園しています。パンダの平均的な寿命はおよそ二十歳とされていますからこれも記録的な長寿ですし、また、上野動物園での飼育期間中(十七年八か月)に三頭の子どもを生み(いずれも人工授精)、日本では唯一の母親パンダでした。

 ゴリラのブルブルは繁殖歴こそありませんが、死亡時(1997年11月1日1時20分)の推定年齢は四十四歳でした。1957年の来園で、国内はもちろん、世界的にみても雄ゴリラとしては最高齢の記録を保持していました。ちなみに、ゴリラの平均的な寿命は40歳前後と考えられます。

 一般に、哺乳動物では、生まれてから性的に成熟するまでの期間の長い動物ほど長寿であることが知られており、その種類の最大寿命は性成熟年を五、六倍した年齢と考えられています。この理論を前の三例にあてはめてみますと、カバの場合の性成塾年齢は平均7歳として35~42歳、パンダは平均4歳の性成熟年齢が8歳で40歳から48歳が最大寿命となりますから、福子もホアンホアンもブルブルもみんな寿命のぎりぎりまで生存できたことになります。

 医学的にみますと、この最大寿命というのは生理的に生存可能な限界にもっとも近い数字といってよいでしょう。これらの動物の死因についての記録をみますと、外見的には白髪や脱毛、歯や牙の脱落、前身的な栄養不良などが目立ちますし、内臓では全般的な臓器萎縮と機能低下、石灰や尿酸の沈着が明らかです。

 飼育動物がここまで生きられる背景を考えてみますと、外敵に襲われることがないという条件は当然ですが、そのほかにいろいろあります。まず飢餓にあわずに済みます。つまり栄養的に配慮された餌にいつもありつける。病気や寄生虫の心配も少ない。獣医学的に配慮された健康管理下におかれているからです。さらに苛酷な生息環境から逃れられる。つまり冷暖房や採光の設備といった建築的に配慮された住環境にある。そして、いつもそばに保護・管理者(獣医師、飼育技術者)がいる。こうした点についてイギリスの動物園研究家フィリップ・ストリート氏は次のようにいっています。

 「動物園の野生動物たちは野生時代にもっていた行動の自由を失う。そのかわり、飢餓、病気、寄生虫、苛酷な環境からの解放を獲得する。これは動物たちの新しい自由(ニューフリーダム)と呼ぶに価する」


動物たちの寿命

 野生の動物たちの寿命は一般に想像されるよりもはるかに短いのです。動物の老化の研究者がアフリカに渡り現地で材料を収集してついに果たせなかった、という報告があるくらいです。それは野生動物たちの一生が生理的な生存限界に達するずっと前に、生態的な寿命で終わってしまうからです。

 それはライオンやトラのような食物連鎖の頂点に立つ動物でも例外ではありません。これらの猛獣はたしかに大きな力を持っていますが、それは時速 60キロの走力があり、爪や牙が武器として最大の力を発揮できる場合に当てはまるのであって、老化して、走力が落ち爪や牙に鋭さが欠けてしまうと、もはや獲物をとることができず自滅する以外に方法はないのです。一方、カモシカやシカなどの草食動物の場合でも同様のことがいえます。時速八十キロで走る元気なものは時速60キロのライオンから容易に逃げることができますが、老化によって脚力が衰えますと、獲物になる確率がたちまち上昇してしまうからです。

 こうして野生動物の世界では一定のリズムのなかで世代交代がおこり、結果として、老いたものの姿をみることができないことになります。

 ここで注目したいのは、動物社会のなかで老化していく個体について、野生の動物社会の仕組みでは何の救済措置もとられていないということです。動物社会が群れのなかの子どもについて圧倒的な保護システムをもっていることに比べますと、老化していく個体については驚くほど配慮されていません。おそらく、長い長い進化のなかで生物が獲得したシステムのこれは重要な部分なのでしょう。動物社会で親が新しい生命を生み育て上げる役割を果たして一生を終わり、まだ生理的には生存する余力を残しつつ世代を交代するというこのシステムこそ、動物社会につねに新鮮なエネルギーを維持させる要素となっているのです。


二つの寿命のジレンマ

 このようにみてきますと、動物の寿命には二つの側面があることがわかります。ひとつは動物園動物やペットなど人によって飼育・管理される動物群で、この場合の寿命は生理的限界に限りなく近づくため「生理的寿命」とよばれます。もうひとつは野生動物群にみられるもので、子育てなど生物的な役割を果たしおえると生理的寿命までかなりの余力を残しながら生態的な理由によって一生を終える「生態的寿命」です。

 生態的寿命は生理的寿命に対して平均的にみますと半分ほどの長さしかありません。しかし、生態的寿命で終わる動物たちはそれぞれの生態的(社会的)役割を生きるわけで、役割を終えたあとの生存は生理的には生存しても生態的にはほとんど意味を失うのです。動物園などで長生きした個体が、群れのなかで居場所を失い、精神的なストレスに苦しむケースなどはその典型と考えられます。動物園動物たちは確かにニューフリーダムを獲得し生理的寿命を得ますが、生態的にそれを生かす術を獲得することができないからです。


そして人

 人は自らの手で寿命を生理的寿命に限りなく近づけた唯一の種といえましょう。いわゆるニューフリーダムを最大限に拡大し利用したのです。そして、人のユニークなところは生理的寿命の拡大を単に生理的寿命にとどまらせず、これを社会的(生態的)寿命に合致させようという努力が同時におこなわれていることです。ただ、生理的寿命の拡大のスピードとそれに適合する社会的役割の創出との間にはタイムラグがあり、そのはざまでさまざまな老人問題が浮上しているのが今の人間社会といってよいのではないでしょうか。

 いうなれは、ニューフリーダムによって獲得した生理的寿命の拡大は、生態的(社会的)な生存の裏付けをもつネオ・ニューフリーダムの出現によって初めて完成にいたるものだからです。

動物たちのボランティア

中川志郎さん の プロフィール

1930年茨城県生まれ。宇都宮農林専門学校(現宇都宮大)獣医科卒。
1952年より上野動物園に獣医として勤務。ロンドン動物学協会研修留学の後、同動物園飼育課長。
1984年、東京都立多摩動物公園園長。その間、初来日のパンダ、コアラの受け入れチームのリーダーを務める。
1987年、上野動物園園長。東京動物園協会理事長。
1994年、茨城県自然博物館館長。
その後、茨城県自然博物館名誉館長、(財)日本博物館協会顧問、(財)全日本社会教育連合会理事、(財)世界自然保護基金ジャパン理事、(財)日本動物愛護協会理事長を歴任。
2012年7月16日死去

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