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夜の職場で(実話)

カギ締め直前の22時過ぎ。

簡単な作業を終えて、ついでに5階のフロア―全体の戸締りも確認して、踵を返してあと数歩でそのエリアから出る寸前、背後から聞き慣れぬ物音。

首よりも高い斜め上あたりから乾いた音。紙が擦れるような、ポスターを床で引きずるような、しかしそれよりも高く軽い音。

とっさにポスター?と思ったのは、実際に吊り下げタイプの広告ポスターが背後に、しかし、もうちょっと距離が離れところにあるからだ。

なにかがいる。耳や肌で感じたそれと実際にそこにあるものとの矛盾が気持ち悪い。

すでにフロアーの消灯は済ませており、明かりは法令で定められている非常口を示すものと24時間つけっぱなしのデジタルサイネージ広告とガラス戸の先のエレベーターホールの電球だけ。

(え?なに?)

声を出さずに振り返る。

見えない。

しかし、音源が移動している。

(え?なに?)

(なに?)

見えた!





トンボだった。

トンボが壁にぶつかり行き場を失い、翅が擦れている音だった。

認知のゆがみが解消されて安堵するとともに、次はトンボを外に出すことにする。

たぶんアキアカネだったのだろうが、トンボの種類を確認するところまで頭が回らなかった。

とにかく外に出さねばと思った。

おそらく明かりの方に飛んでいくだろうと、エレベーターホールの方に誘導するように明かりをつけたり、消したりする。

あと一歩というところで別の虫が目に入る。

カメムシ(よく見なかったがきっとツヤアオカメムシ)も建物内に侵入している。

おとなしいカメムシは無視して、とにかくトンボを追い回す。素手だときつい。

虫嫌いのアラサーちゃんが100円ショップで買ってきた網がどこかに行っちゃったんだよな…。

やっとのことでエレベーターホールに追い込む。

動きが早いので時間にして1分もかかっていないとは思うが。

ガラス戸を閉め、あと一歩だ。

営業時は常時開放の非常階段の出入り口から出てくれ。

閉めたガラス戸にトンボはぶつかり、そのまま下方へ。

床の上に止まった。

しめた!

暗くて見づらい。

こういうとき、トンボをどうつかめばいいのか。

とりあえず両手で覆いかぶさるように抑え込もうとしたら、向こう側に逃げてしまった!

ガラス戸の下には隙間があるのだった。

もうあきらめた。

ガラス戸を開けて、帰ることにした。カギ締め当番じゃないしね。

今日の出社時には、もう死体になっちゃってるかな…。

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