月のクマ

 夜中、小腹が減って台所に行くと、クマが冷蔵庫を漁っていた。どうやら罠に掛かったようだ。
 先日購入したばかりの冷蔵庫は、クマに対応した新型だ。クマセンサーがついていて、クマの接近を感知すると、月の裏側に設置されたクマ専用転送装置でクマを月へと転送する仕組みだ。
 その最新機能が無事働いて、目の前で冷蔵庫を漁っていたクマの巨体は、その中に吸い込まれるように消えた。
 冷蔵庫のドア表面に設置されているモニターでクマの状態を確認する。クマは無事月に到着した旨が表示されていてほっとした。
 現在の月はクマの楽園となっていて、クマたちの好きなハチミツが月の海を満たしている。食べ放題にもほどがある量だ。
 今や月の色はハチミツの色であり、月面で餅をついているのはウサギではなくクマだった。
 月に輪がかかっているのはツキノワグマの魂が集まったものだという都市伝説があるが、実際はクマが力強く餅をつく震動で舞い上がった塵が漂ってできたものだ。
 かつてはニアミスを繰り返して人との関係が悪化していたクマだったが、距離を取ったおかげですっかり上手く行くようになった。
 それでもそれは人にとってだけの話なのかもしれない。人が自分たちにとって都合の悪い存在を月へ追いやったというだけの話なのかも。
 その証拠に、よく晴れた夜には、クマたちの悲しげな遠吠えが地球にまで聞こえることがある。あれはクマが故郷の地球が恋しくて呼んでいるのだと言われていた。
 そんなクマたちの想いを天が聞き届けたのだろうか。月の周回軌道が次第に地球に近づいているという事実が先頃判明したらしい。クマたちが強く餅をつく衝撃でバランスが狂ったのではとのことだ。
 たしかな理由はこれからの調査ではっきりするだろうが、一つだけわかっているのは、遠くない未来に月は地球に落ちて来るということ。やつらが地球に帰って来るということだ。

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