見出し画像

〈短編小説〉ハツカネズミのリンナ 1 屋根裏にて

 こんにちは。

 前回、自己紹介を投稿してから、少し間が空いてしまいましたが、小説を書いたので、ここにあげたいと思います。
 この前に、児童文学の公募に、一つ作品を出したのですが、また、別の公募目指して作品をかいています。何しろ、一年に、チャンスがあまりないので。期日までの日がなかなか短く、結構ピンチだな、と思っていますが、なるべく考えないようにしています……。

 そんなこんなで、じっくりものを考えられる休日には、なるべく公募用のお話を、と思って、そちらを書いたりしているので、なかなかnoteにあげるお話ができあがらないのですが、とりあえず、一つできました。
 平日、お話を書きたくても、なかなかつかれてしまって、じっくり書けないことが多いので、このリンナのお話は、そういうときにでも、気軽に書いたりできたらいいな、と思っています。

 日常の中で思いつくあれやこれを、リンナにぜひとも、引き受けてもらおうと思います。

ハツカネズミのリンナ 1 屋根裏にて


 リンナは、ぶるぶると体をふるわせました。変わりやすい海の天気のごとく、十二月に入ったとたん、急激にさむさがまし、小さなリンナの体には、とてもこたえました。
「早く、早くお家の中へ!」
 と、リンナは、無意識に声を出していました。
 リンナは、細いすきまから家の中へ入りこみ、屋根裏へと通じる秘密の通路を行きました。そう、実はこの古い家には、外から、リンナのような小さなハツカネズミならば入れる、ごくわずかにあいた穴があったのです。家のとなり、人間の足で、二歩ほどのところに納屋があり、その納屋に向かいあうかべにあいていたのです。穴はほとんど地面にこすれるところにありました。そして、まわりを草でおおわれていましたから、家のあるじも、この穴には一向に気がつきそうもありませんでした。それに、リンナたち家族は、大変気をつけて、自分たちの証拠を残さないようにしていたので、穴どころか、ネズミが住み着いているということにさえ、気がつかないでいたのです。

 少し気むずかしいところのある、リンナのお母さんは、よくいいました。
「ぜったいに、ここの家のものには手をつけてはだめよ。この住みよい場所を失いたくなかったらね」
 そんなわけで(ええ、たしかにリンナも、この考えには賛成でした)、リンナも家の食べ物には、手をつけないようにしていました。食べ物をさがすなら、風のあたる外か、ほかの人間の家、というわけです。
 リンナは食事を終えて、やっと帰ってきたところでした。リンナは屋根裏までかけあがり、大きな声をあげました。
「ねえ、お母さん? あたしの今ほしいものがなんだか分かる?」
 お母さんは、屋根裏のすみに、うず高く積まれたダンボールのかげで、こだわりの寝床をこしらえ、丸くなって休んでいました。
 リンナのきょうだいたちも、そのまわりで丸くなっていましたが、リンナが帰ってきたのに気がつくと、ぱっと顔をあげました。
「なんなのリンナ? さわがしいわね」
 リンナのお母さんアナはいいました。ふあっと、ひとつ大きなあくびをして、自分のおかしなむすめをながめました。

 ええ、リンナには、ちょっと変わった節がありました。アナからすれば、といっておいた方が、いいかもしれませんが、とにかく、リンナは、一般的なハツカネズミとは、ちがった習慣を持っていました。
 リンナは、家族が夕方ごろに起き出して活動を始めるかわりに、多くの人間と同じように、夜に寝て、昼間活動することにしていたのです。(これは後で分かることですが、リンナにとって、こうすることが、とても重要なのです。)
 リンナはひざかけを持ってくると、屋根裏の真ん中あたりに置いてある、カウチソファに足を向けました。
「あのね、あたしが今ほしいものはね、緑色のマント!」
 リンナは声高くいいました。
「外へ出るときは、それを羽織れば、きっとあたたかいわ。それに、緑色のマントなんて、とってもすてきじゃない? いつか、冒険に出るときにもぴったりだわ。留め具は、きれいな葉っぱを形どったものにするの。さ、もう少ししたらお話の時間よ、おくれたくないわ」
 リンナはソファにすわり、満足げな笑みをうかべました。ソファは、リンナが手作りしたものでした。何かの箱と、綿と、薄黄色の布きれで作ってありました。この屋根裏には、綿や布がたくさんあったのです。この家の子どもたちの母親は、裁縫がとても得意で、気に入った布をいくつも買ってはいたのですが、最近はいそがしくて、なかなか手が入らないままになっていました。そしてその多くが、屋根裏に持ちこまれて、そのまま忘れられていたのです。そして、リンナが使いやすい小さな布切れも、それはたくさんありました。
 リンナが毛布を引きあげていますと、一番末の弟がよってきて、リンナに頭をすりつけました。
「おねえちゃん、おもしろい話を聞かせて」
リンナは弟のラークをぎゅっとだきしめていいました。
「そうね、でも、まずは、あの人たちの読み聞かせを聞かなくちゃ。それが終わったらね」
 ラークは、そうだね、といって、ソファによじのぼりました。
「それじゃあ、ラーク、おねえちゃんのお話を聞いたら、食事の時間よ」
 アナがいいました。
「おねえちゃんは、そのあとは寝るんでしょう?」
 ラークがいいます。
「ええ、そうよ」
 リンナはにっこりわらいました。
 「お話の時間」が始まりました。
 リンナは、ソファの上から、床板がずれて、隙間の空いたところから、人間たちの部屋を見おろしました。この家には、ユメカとアイトというきょうだいが住んでいて、それぞれ、10さいと5さいでした。リンナがソファから見おろせるその部屋は寝室で、そこでは毎晩、ユメカたちのお母さんによる、読み聞かせ会がくり広げられるのです。そしてその読み聞かせを聞くのが、リンナのお気に入りでした。
「物語っていいわね、聞いていると、わくわくしてしかたがないの…」
 リンナは思いました。

 今日のお話は、きのうの夜の続きでした。子どもたちが別世界へ行って、ものすごい冒険をやってのけるという、リンナの特に好きな冒険物語です。リンナはつねづね思っていました。あたしもいつか、ぜったいに冒険に出てみせるわ。いろんな場所へ行って、あれやこれの、壮大な世界を、たっくさん見るんだから。
 リンナのとなりで、ラークも物語に熱中していました。ラークも物語が大好きだったからです。それに、リンナのあとに生まれたきょうだいたちの中で、ラークだけは、リンナのやることなすことに、あこがれの気持ちをいだいていました。心の中では、もう少し大きくなったら、ぼくもリンナのようなことがしたい、と思っていました。(リンナと同じときに生まれたきょうだいたちもたくさんいましたが、もうリンナのほかは、別の場所へ引っ越してしまっていました。すぐとなりの、納屋に引っ越したものいるのですが。リンナには、わざわざこの快適な屋根裏から、納屋に引っ越す理由なんて、分かりはしませんでした。いつの間にか行方知れずになってしまったきょうだいも中にはいます。ですが、リンナは、いつかどこかで会えるにちがいないと、信じていました。まあ、そんなわけで、リンナはこの屋根裏のすみかでは、アナの次に最年長でした。)

 お話の時間が終わると、リンナはラークに、自分の目標を語りました。
「あたしは、知的で、教養のある、学識高いネズミになりたいのよ。そりゃもちろん、なってみせるわ! そして」
「いつかは冒険に出る、そうでしょう?」
 ラークは、リンナが話を続ける前に、何百と聞かされているその理想を、ぼくは知ってるんだよ、と得意そうな顔をしていいました。
「そしたらラークにも、しょっちゅう絵手紙をかいて、送ってあげるわ。うふふ、すてきだと思わない?」
「そりゃすてきだね。でも、さみしいよ、おねえちゃんが行ってしまったら」
 リンナはそれを聞いて、心がはりさけんばかりの心地になりました。ああ、いいわ、冒険に出るのは、もうちょっと先にしましょう……。
「さ、今日はどんなお話が聞きたい?」
 リンナは聞きました。
「あたしの作った物語か、それとも、昼間見つけたいろいろか、あるいは出来事……」
 ラークは、なんでもいい、といいました。しかし、少し考えたような顔をして、今日はやっぱり、ドラゴンの話をして、といいました。この前、話してくれたやつだよ、もっとくわしく知りたいんだ。
 リンナは、ついおとといのこと、子ども部屋で読んだドラゴンの出てくる絵本について話したのでした。リンナは考えました。ドラゴンについては、この前話した以上のことは知りません。知らないのですから、いくら知識をしぼりだそうとしてみても、何も出てきません。
「ドラゴンは、大きいの。大きくて、そうね、うろこがあって、火をふくの」
 リンナがいっても、もう聞いた話だったので、ラークの耳にはほとんど入りませんでした。どこにいるの? 何を食べるの? 好きな食べ物は何? と、いくつも質問を重ねました。
 リンナは答えることができずに、うなりました。
「ああ、ラーク、ドラゴンのことは、正直いって、よく知らないの」と、リンナはいいたい気持ちでした。しかし、リンナは、ラークを失望させたくありませんでしたし、かっこをつけたくもありました。ですからリンナはこういったのです。
「ラーク、あたしはもう少し研究をしてから話さなくちゃならないわ。てきとうなことをいって、ラークがドラゴンに丸焼きにされるようなことになっては大変だもの。そう、念入りな調査が必要だわ。それが知識人の責任、というものでしょう?」
 リンナは話しながら、やや悦に入ってしまいましたが、いい終えてから、あたしのいったことは正しかっただろうか、と考えました。もっともらしいことをいえたような気はしましたが、自分のいった、知識人の責任、という言葉が気になりました。知識人の責任って何かしら、そんなものがあったりするのかしら、いや、あるにちがいないわ。でも、今考えるのは、ちょっとめんどうだから、また今度にしましょう。あ、知識人のプライド、といった方が、かっこよかったかしら。
 リンナはラークがアナのところへもどってしまってから、寝床へ入りました。積み上げたダンボールの上に、綿やわらでこしらえたベッドがありました。樹海を見下ろす、岩の塔の部屋、という設定でした。アナは、そんな落ち着かないところに寝床をつくるなんて、まったく信じられない、といったものです。
「明日から、ドラゴンの文献調査をすることにしましょう」
 と、リンナはつぶやいて、大あくびをすると、満足げなため息をもらしながら、しっぽを両手でだきしめ、目をつぶりました。
 ああ、寝床って、なんて心地いいものなのかしら? 明日もすてきな一日になりますように。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?