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滑川への道③

  次はどこへ行こうかと考え、インフォメーションの女性が教えてくれた「世界で最も美しいスタバ」と呼ばれる「スターバックス富山環水公園店」を目指すことに。ここは2008年にストアデザインアワード というコンテストで最優秀賞を獲得したという店舗。ただし、このストアデザインアワードはその後2回行われ、3回目の2011年には太宰府天満宮表参道店が最優秀賞に選ばれているため、正確には「元世界一」ということらしい。
 公園内に設けられたガラス張りの店舗は確かにスタイリッシュだが、それ以上に、店内から見える景色が美しい。目の前には運河が流れ、まるでヨーロッパにでもいるようだ。訪問時はあいにくの雨模様だったが、雨にけぶる新緑はそれはそれで美しく、春には桜、冬には雪景色が見られるというから人気が高いのも頷ける。平日の午後ということもあり、店内も8割程度の入りで、ゆっくりコーヒーを楽しむ。景色が違うと、コーヒーの味まで変わって感じる。観光地としてのスタバというのも味なものだ。コーヒーを飲み終え、傘をさして写真を撮りながら公園を一回り。いつも思うことだが、水のある風景はどうしてこうも画になるのだろう。

 後4時少し前。車に戻り、いよいよ滑川を目指すことにする。カーナビでホテル名を検索したがなぜかヒットしないので、仕方なく滑川駅を目的地に設定する。予定時間は40分ほど。
 空いた国道をぐんぐん走っていると、国道沿いの大きな看板が目に留まった。なにやらクラシカルな書体で「珈琲哲学」と大きく書かれたその看板はわれわれの好奇心を大いに刺激した。さっそくT先生が助手席で調べてくれ、富山県内の企業が展開しているローカル喫茶店であることが判明した。ピザやパスタがおいしそうだという。
 午後4時30分、ここでも少し迷いながら、スカイホテル滑川に到着した。とりあえずチェックイン。フロントの前にはお土産としてホタルイカ柄のネクタイなどが売っている。第一印象ではあまり人気(ひとけ)のない古びたホテルのようだったが、部屋に入るとそれなりにきれいで安心する。
 食事は午後6時に滑川市内の「海老源」を予約しているため、部屋に荷物を置いて再集合。とりあえずほたるいか漁見学の集合地点である「ほたるいかミュージアム」を目指す。お土産物屋さんを10分ほど眺めたところで午後5時になり閉店。まだ時間があったので、そのまま、今度は「海老源」までの途中にある大型スーパー「まるまんエール店」に入ってみる。ここは日常生活に必要なものが大抵手に入るという感じの大型スーパーだ。入ってすぐに婦人服売り場、その奥には雑貨屋、その奥に食料品、手前には広い100円均一という雑多な並び。
 T先生は以前青森県で見つけた大鰐温泉の「マカロニドン」を超えるお菓子はないかとお菓子売り場へ、私は鮮魚コーナーへと移動。ホタルイカがたくさんあるかと期待したが、ボイルのホタルイカが少しあるだけで、その風景は東京とあまり変わらない。値段も東京とほぼ同じ。この件について意見を聞こうとT先生を探すと、お菓子売り場で渋い顔をしていた。「青森の『マカロニドン』を超えるお菓子がない」という。あんなインパクトのあるお菓子そうあるはずがないと思って聞いていたら、「でもこれはおいしそう」と北越の「黒豆おかき」と北陸製菓の「ビーバー」というおかきを手にしている。いずれも北陸の菓子メーカーのローカルなお菓子。さすがの嗅覚だ。
 さらに「ローカルなかわいいデザインは乳製品にあり!」との持論を展開するT先生に続いて乳製品売り場に行くと、とやまアルペン乳業の可愛らしい牛の描かれた牛乳パックを発見。本当に期待を裏切らない人だと思う。一通り廻って時計を見ると、5時50分。そろそろ食事に行こうと車を出す。
 5分ほどで「海老源」に到着。宿泊施設も兼ねた大型の食事処だ。駐車場も広い。純和風の店構えだが、店内に一歩入ると、天井が高く、広々としたスペースにイスとテーブルがゆったりと配置されている。ガラス張りの窓の外には水が流れる演出まである。予約していることを伝えると、ベテラン風のお姉さんが2人分のセットの済んだテーブルに案内してくれた。比較的近くに、すでに出来上がった風のシニア男性のグループがいるだけで、店内は全体にがらんとしている。平日の夜だし、こんなものかもしれないが、少し不安になる。
 ほたるいかフルコースは以下の通り。

     付出し:ほたるいか塩辛
     お造り:ほたるいか
     お造り:ほたるいか昆布〆と地魚
     酢物 :ほたるいか釜揚げ
     焼き物:ほたるいか黄金焼き
     蒸物 :ほたるいか白みそ鍋
     揚物 :ほたるいかポンポン揚げ、ほたるいかと野菜の天ぷら
     お食事:富山県産コシヒカリ、お吸物
     水菓子:季節のフルーツ

 ホタルイカに次ぐホタルイカ。人生初のホタルイカ・ラッシュだ。料理はすべて美味しかったが、やはり釜揚げが秀逸だった。たっぷりの水気を含んでまだ温かいプリップリのホタルイカに歯を立てると、思った以上に薄く繊細な身がプチッと弾け、魚介の内臓特有の上品な旨味と苦みが口に広がる。薄く纏った酢味噌が慌てて追いかけてきて混然一体となれば、自然と心は深海に誘われる。ホタルイカの体内には深海の記憶が味として包み込まれている。浦島太郎が竜宮城で供されたのはこんなメニューだったのでは…、そんなことを思いつつしっかり味わう。
 竜宮城と言えば、生のホタルイカのゲソの部分だけを集めたものを、こちらでは「竜宮そうめん」と称するそうだ。なんとも雅なネーミングだが、その作業の細かさたるや、考えただけで頭がくらくらする。実際、お造りの皿にはこの竜宮そうめんが鎮座していたが、その淡く清らかな味わいは明らかに「いかのゲソ」とは異なるもので、箸の先でつまみあげながらも、食べるのが恐れ多いような不思議な気持ちを味わった。
 夜の予定があるためお酒を飲まない私たちの食事は、給仕のお姉さんが驚くスピードで進み、一時間半ほどで「ごちそうさま」となった。

 8時前にホテルに戻り、いったん解散。深夜1時40分に部屋の前で集合することにして、仮眠をとる。こんな時間に寝られるか心配だったが、寝間着に着替えて歯を磨き、ベッドに入ったら、あっという間に眠っていた。

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