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初めての旅②~久慈・八戸弾丸ツアー~

2017 年8月18日(金)
金曜日、仕事を終えて、いったん帰宅。シャワーを浴びて、荷物を持って東京駅へ向かう。T先生と落ち合い、八重洲口のバス乗り場を目指す。バスは富士急バス。乗ってみると、ごく普通の4列席の大型バスで、日帰りならこれでもいいけれど、10時間乗ると考えるとちょっと狭い気がする。とはいえ、1週間の疲労もあり、ろくに会話もしないまま寝てしまった。
外が明るくなり、目が覚めると、バスは東北自動車道の紫波サービスエリアに停車していた。もう岩手県に入っているわけだが、このときはよく分かっておらず、T先生と「ここはどこだろう?」と言いながらトイレ休憩に降りる。狭い座席で寝ていたので首や肩、腰が固まっているし、足もだいぶむくんでいる。
全員揃ったところで再びバスが動き出し、2時間ほどで久慈駅に到着した。

2017年8月19日(土)
久慈駅には午前9時過ぎに到着した。空は暗く、小雨が降っている。バス停から駅までは少し歩く。
途中、「あまちゃんハウス」を発見。2013年のドラマで作られた施設が今も健在であることに驚きつつ、せっかくだからと入ってみる。中にはセットの一部や小道具、顔はめパネルなどが脈絡なく並んでいる。ファンには垂涎のラインアップかもしれないが、そもそもドラマをろくに見ていないため、さらっと回る。そこから久慈駅へ。
駅レンタカーの窓口は新し気な駅舎の中にあった。手続きを済ませて、外の駐車場に案内してもらう。
レンタカー屋さんのおじさんに「どこに行くの?」と訊かれたので、「東京から夜行バスで久慈のホタテを食べに来ました」と言ったら「え?東京からわざわざバスで?」と驚かれる。あまちゃん効果もこの頃はだいぶ薄れているようで、そんな人はあまりいないらしい。
車に乗り込み、まずは事前に調べていた「小袖海女センター」をナビにセットして出発。20分ほどの道のりだが、海沿いの道は細くくねっていて、さしものT先生も運転しづらそうだ。「これがリアス式海岸かぁ」と言いながら進む。途中、小袖海岸の名所の一つ、「つりがね洞」という奇岩の写真を撮る。
「小袖海女センター」は少し入り組んだ港の端にあった。折良く海女さんの素潜りの実演に間に合ったので、500円を支払い、見学する。ベテランの海女さんとまだ若い海女さんの2人がウニを取っている。白地に赤い文字で「北限の海女」と書かれた鉢巻を巻いた海女さんたちは、いったん潜るとしばらく浮上してこないので、少しハラハラするが、少しするとこともなげにウニを手に浮かんでくる。
10分ほどで漁が終わり、海から上がった海女さんたちが今度は近くのテントでウニを割って食べさせてくれる。お金を払うと、今まで海の底にいたウニを専用の器具でパキっと割って渡してくれる。まだ針が動いているウニの中にスプーンを入れて一粒を取り出す。輪郭のはっきりしたウニを舌の上に乗せると、その食感はウニとは思えないほどしっかりしていて、とにかく甘い。そこに海の塩味が重なり、その味わいたるや筆舌に尽くし難い。
ウニに感動していると、海女さんがバーベキューコンロでホタテを焼きはじめた。これはと思い、ウニを食べ終え、500円を握りしめて少し並ぶ。真剣なまなざしでホタテの焼き具合を見定める海女さんの目にプロフェッショナルを感じる。開いたホタテを半分に切って渡してくれるのもうれしい。
このホタテがまたすごい。少しレア気味に焼かれたホタテのふっくらとした身は赤ん坊の拳ほどある。何の味付けもしていないのに、これまた完璧な味になっている。無理な姿勢での長時間移動の疲労も忘れてウニをお代わりする。こんなぜいたくな朝ご飯があるだろうか。これを食べるためにあの長時間の移動にも耐えたのだ。

震えるような感動を胸に、「小袖海女センター」にも入ってみる。ここは東日本大震災で流された前の施設に代わり建造されたもので、1階は観光案内所や産直施設、2階には海女を紹介する展示コーナーがある。2階の展示コーナーは飾るものがないのか、数点の写真やガラス製の浮きのほかは海女さんの等身大の人形があるくらいなのだが、この人形がすごかった。発泡スチロールで作られているらしく、その顔は昔の少女漫画もかくやという妙に星のいっぱい入った瞳を輝かせており、胸にはなぜか「あまちゃん」のシールが貼られている。腰にはこれまたなぜか「I♡KUJI」と書かれた赤いハート形のうちわが指してあるのだが、なんと言っても極めつけはウチワとともに腰に取り付けられた、取ったウニやホタテを入れる網で、その中には当人の折れた左手が突っ込まれているのだ。こうなるともはや恐怖の人形でしかない。ここにはリアルな海女さんがいるのだから、あの人形はなくてもよいのではないかと思わずにはいられない。

さて、次はお昼ご飯だ。青森方面を目指しながら、食事場所を探す。
検索してヒットした九戸郡にある海沿いの「はまなす亭」へ向かう。40分ほどで到着。港の一角にぽつんとある食事処だ。ここではおすすめの「うに街道」という定食を注文する。生うに丼に漬物と小鉢と味噌汁が付いて1950円。うに丼はご飯の上に刻みのりが敷かれ、その上に無造作に大量のウニが乗っている。取れたてのウニを食べてきたばかりではあるが、ほぼ遜色のないウニの味に三陸の底力を感じる。
ここでは天然のホヤもおすすめとのことだったので、刺身を一つ注文する。ホヤには正直あまり良い記憶がないので少し逃げ腰で口に運んだが、恐れていたきつい匂いはなく、食感もサクサクと爽やかだ。「新鮮なホヤはこうなんだね」と2人して納得する。

さて、ここで話は少し戻るが、私たちがこの旅に出ることを決めて少しした頃、「秘密のけんみんSHOW」で岩手のウニが紹介された。番組は、岩手県民はこの時期、牛乳瓶に詰まった生ウニをご飯にかけて楽しんでいるという内容だったのだが、これがいけなかった。
私は久慈に行くにあたり、職場の知人2人にウニを送ることを約束してきていたのだが、「秘密のけんみんSHOW」で紹介されたことで急に岩手のウニに注目が集まり、結果、私たちが久慈を訪れたときには、生うにが払底しているという悲劇が起きてしまったのだ。
「小袖海女センター」の土産物売り場でその事実を聞かされた私は焦った。「ウニを楽しみにしてくれている人たちにどう説明したらいいのだろう。ここにはこんなに美味しいウニがあるのに!」、そんな想いをT先生にぶつけていたところ、ここで奇跡が起こった。食べ終わった食器を片付けに来てくれた店の女性に、「牛乳瓶のウニはもう手に入らないんですよね」と最後のあがきとばかりに聞いてみたところ、情けない顔をしている私を不憫に思ってくれたのか、「うちので良かったら分けてあげるよ」と言ってくれたのだ。
あまりの幸運に拝むような気持ちで料金を支払い、私はついにウニの瓶を2本手に入れることができたのだった。
食事を終えて、今度は道中にある生鮮食品店に向かった。そこでこれまたおいしそうなシジミを見つけたので2つ買い、レジ横に保冷剤としておいてある氷の詰まった袋を少し多めにいただく。
そこから近くの宅配便の配送センターに寄って、クール便を送りたいというと、箱がないとダメだという。発泡スチロールの箱が近くのホームセンターで売っているからというので、道を教えてもらってホームセンターへ。海が近いこともあってか、発泡スチロールの箱の品揃えが異常なまでに豊富だ。一番小さな箱を2つ買い、再び配送センターへ。そこで氷の入った袋とウニのビン、シジミを詰めて荷物を作り、東京へ送る手配を済ませた。
ウニを入手してからここまで約1時間程度しかかかっていない。その時は夢中だったが、考えてみれば恐ろしいほど滑らかな動きで、もはや天の采配を感じるレベルだ。何より私のわがままに文句ひとつ言わず付き合ってくれたT先生には改めて深く感謝したい。

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