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象潟&三種への道⑤

2019年7月27日(土)
T先生と新宿駅の南口で合流して、バスタ新宿21:55発秋田行きのバスに乗車。今回は初めて、乗り心地の良さに定評のあるウィラーバスにした。
T先生いわく「各席に付いている゛覆い″がいいんだよね」とのこと。どんなものかと思っていたので、席に着いたところでさっそく確認する。
なるほど、乳母車の幌のような感じだ。光を遮ってくれるし、寝顔も隠してくれる。こういうちょっとした気遣いが顧客満足度の高さの理由なのだろう。
出発と同時に始まるバスの運転手さんのあいさつも丁寧で好感が持てる。
夜行バス独特のささやくようなアナウンスで「秋田までに4か所のサービスエリアに寄る予定ですが、最初の佐野サービスエリア以降はお休みのお客様に配慮して照明を付けないのでお気を付けください」と何度も言っていたのが印象的だった。
乗客が各々寝床づくりを済ませたところを見計らったようにバスは夜の街へと滑り出した。
カーテンは閉め切られているため外の様子は分からないが、薄暗いバスの中はなんとなく旅立ちの期待と緩やかな安堵に満ちているように感じられた。23:05佐野パーキングエリア到着。トイレを済ませて、売店を物色する。相変わらず「さのまる」と「レモン牛乳」が幅を利かせているのを確認してバスに戻る。

2019年7月28日(日)
その後も夜中に2か所サービスエリアで休憩を取ったはずだが、私は有能な゛覆い″のお陰でぐっすり眠っていたようで、次に気付いたときには夜は明けており、バスは「道の駅せんなん」にいた。
ここは秋田県仙北郡美郷町にある国道13号の道の駅だ。もちろんその場では どこだかなんて分かっていない。時間は6時15分。バスを降り、朝の冷たい空気を肺一杯に吸い込みながら、「東北に来たんだなぁ」と寝ぼけた頭で思っていたことだけを覚えている。
そこから秋田駅へは1時間ほどで着いた。秋田駅東口でバスを降りると、少し歩いたところにある日本レンタカーへ向かう。朝8時にレンタカーを予約する人なんてそんなにいないだろうとたかをくくっていたが、店内には数人の先客がいた。なかなか繁盛しているようだ。
手続きを終えて、8時に日本レンタカーを出発。向かうはT先生一押しの喫茶店、「08コーヒー」だ。
10分ほど走り、大通りから一本入ったところにある小さな喫茶店に到着した。朝8時から営業しているから「08コーヒー」というらしい。とはいえ、この店の看板はあくまで控えめだし、日曜の朝から喫茶店に来ている人なんてそんなにいないだろうと思っていたら、ここでも予想は裏切られた。8:15の店内ではすでに数組の先客がコーヒーカップを片手にくつろいでいた。
店の奥の大きな窓に向かって設置されたカウンター席に案内される。
素朴ながらもセンスの光る店内は代官山辺りにあるカフェと変わらない。モーニングメニューを吟味した結果、私は店名を冠した「08コーヒー」と「フルーツサンド」、T先生は「カフェラテ」と「クロックマダム」と「プラムのスコーン」を注文した。メニューの端に書かれた「店内撮影禁止」の文字に、安易に世の中の流れに流されまいとする店主の心意気を感じる。カウンターの片隅には本が数冊、さりげなく立てかけられている。「ル・コルビジェ」「平松洋子」「宮沢賢治」、この店の方向性を表すようなラインナップに妙に深く納得する。
やってきたコーヒーは、長旅の疲れを優しく吹き飛ばす、まさに甘露の一杯だった。ブラックのまま飲んでいるのに、驚くほど飲みやすい。苦みや酸味といった味覚のレーダーチャートが限りなく円に近いのではないかと思わせるバランスの良さで、すっかり気持ちが上がる。
そこにもってきて、三角形のフルーツサンドが登場。大き目の白い皿の上に整然と並ぶ小ぶりなフルーツサンドがなんだか愛おしい。白い皿にこれまた白っぽいサンドイッチが乗っているわけだが、全体に細かく砕いたピスタチオの少し渋めのグリーンが振りかけられており、オシャレ上級者の色使いだ。
あっさりと軽い食パンに優しい甘さの生クリームとほどよい酸味のフルーツがあいまって、口の中で繊細な味のハーモニーを奏でる。甘さの残る舌の上にマイルドなコーヒーを流し込めば、至福のひと時が味わえる。
あまりの美味しさにコーヒーのお代わりを、と思いメニューを見ると、「お代わりはプラス100円で頼める」とある。
これはどういうことかと店員さんに確認すると「どのドリンクメニューでも100円でお代わりできますよ」とのこと。考えてみれば東京の喫茶店で見かける「割引を受けるお代わりは最初に頼んだものと同じ飲み物でないとダメ」というのも不思議なルールで、T先生と「お店にしてみればお代わりが何だろうと手間は変わらないわけだから、このほうがよほど普通で良心的だよね」と話し合う。
お代わりはアイスコーヒーを頼むことにする。これまた笑ってしまうほど薫り高く飲みやすいアイスコーヒーで、本当に100円でいいのかと心配になるレベルだ。
ゆっくりと朝食を楽しんでから、隣にある販売店を覗いてみた。こちらも可愛らしいパッケージのお菓子やコーヒー、コーヒーポットなどが並んでいる。秋田名物のなまはげや秋田犬、竿灯などのポップなイラストで彩られたアイスコーヒーのパックを買う。T先生情報によると、このイラスト、「ほぼ日刊イトイ新聞」などで活躍するイラストレーターの福田利之さんの作品だという。吉祥寺を拠点に活動する福田さんのイラストが秋田の喫茶店で愛されているということに不思議なご縁を感じる。

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