見出し画像

職業訓練校木工工芸科という所(2)

私が学んでいる訓練校の木工工芸科では日本の伝統を尊んでいるため、作業は床に座って行う方式である。このやり方は座業と呼ばれている。もっとも始めの2週間は、ほとんど鉋(かんな)の刃研ぎに費やされた。この間、私の手の皮膚はハンドクリームを駆使してなおボロボロになり、とりわけ右手の中指がひどかった。その後ようやく鉋刃が収まる鉋台の平面を出す訓練が始まるのだが、ここからが座業になる。


材木をまっ平に削るための基準となる鉋台はかなりの精度で整えられる必要がある。ちなみに鉋台の平面を出すには、やはり鉋を用いて削るのであるが(台鉋と呼ばれる)、台鉋自体の平面については鉋ほどには気を使わないように見えた。
台鉋の特徴は、長さ短く刃が直立している事である。つまり、材を削ると言うよりは、こそぎ取るといった感じになる。刃は極力引っ込め、少しずつ少しずつ鉋台の表面を削っていく。削りすぎるとろくでもないことになるので何としても少しずつである。下端定規(したばじょうぎ)と呼ばれる木切れから削りだしたような定規を表面にあてて、光に透かしながら毛筋ほどの凹凸を削っていく。


ところが、かようにして苦心のあげく高精度に平面を出したにもかかわらず、最後には台頭(だいがしら)、刃口(はぐち)、台尻(だいじり)の三つのラインを残して表面を削り落としてしまう。まったくの平面であっては材木に吸い付いてしまい、削るのに無用の腕力を要するからである。
これら作業をクリアした後、初めて鉋をかけることが許されるのだが、ここまでは鉋をかけるための最低条件であり、このまま材木の上を滑らせてもまあまあの鉋屑しか出てこない。ここから透けるほどの鉋屑を出すためには、台なおし、刃研ぎの試行錯誤を繰り返すことになるのである。かくして再び砥石に向かう。運の良いことに私の研ぎはすでにおじいちゃん先生連中をして、「よう研げちょる」と言わしめるほどの域に達してしまった。それでも建前上「刃研ぎ三年」ということになっておるのでそれなりにやっておく。さらに砥石については少し前に、先生が天然砥石を貸してくれた。天然物について授業で質問したことに応えてくれたのである。


ある程度粒度の揃った研磨材を焼結した人造砥石と違って、天然砥石には難しいところがある。えらく硬いためまず研ぐことが難しい。通常は研ぐにつれて研磨材が水と混じり粘土状になっていく。これは「砥アカ(トアカ)」と呼ばれ、このペーストでもって刃を磨く事になるのであるが、天然砥石では砥アカがなかなか出てくれない。さらにその硬さ故か、中研ぎの段階で刃先につくギザギザのの金属片(刃がえりと呼ばれる)が取れづらい。砥石でもって削られていく鋼面の事を「しのぎ面」というのであるが、しのぎ面がきちんと平に研がれているほど取れづらくなってしまうらしい。そして天然砥石最大の特徴はムラがある事だという。同じ土地産の石であっても硬さは違うんだそうだ。それどころか、一つの砥石の中であってさえ硬さにムラがあるという。高価な天然物を買ったにもかかわらず、この石の硬さと鋼との相性が悪かったときにはうまく研げない事もあるらしい。
それでも今日まで天然砥石が売られているのは、相性さえければ人造より切れるようになるからだ。事実、私が使わせてもらった天然砥石で仕上げたカンナは心持ち切れたように思えた。
プラシーボ効果的なものかもしれないが。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?