笑えない喜劇

物心ついた頃から、母からメッセージを受け取り続けてきた。母はずっと「父と離れたい」と言い続けた。父はよく働く人だったが、母に対して暴力を行使し、暴言を発し、生活費を渡すのを渋った。だからこども心にも、母がそう言うのも無理はないと思った。
重ねて、それでも母が父のもとに留まっているのは、わたしがいるからだ、そもそもわたしが生まれなければ、父とも結婚しなかった、と、母は繰り返しわたしに語った。
たとえそれが事実だったとしても、片方の親が片方の親を悪く言うのを聞かされるのはいやだった。諸々の原因をわたしに求めるのは違う、と、心の中で猛反発していた。父母が離婚した時、わたしは、生活の不安等の問題はさておき、母は楽になれるのではないかと考えた。ところが母は「どうしてお父さんに『お母さんと別れんといて』と言ってくれなかったの。どうしてお母さんの味方をしてくれなかったの」と泣いてわたしを責めるではないか。わたしは大混乱した。人間の何を信じればいいのかまったくわからなくなった。幼い頃から塩を擦り込むようにして言い続けていたあれは何だったのか。そしてこの期に及んでもやはり悪いのはわたしなのか。
これがわたしの体験した笑えない喜劇だ。人の本意と発言は同じではないという、落ち着いて考えてみればごく当たり前のことがわたしにはわかっていなかった。そして夫婦の間柄のことは、実のこどもであってもわからないことばかりだということを学んだ。

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