ピアスの話

母が病院から特養に移ってしばらくたってから、わたしはピアスをつけてみたくなった。母はそういうことが嫌いで、高校時代に遊びに行った友達の家で化粧を試して帰ったりしたら激高して殴りかかってくるような人だったので、ピアスなど考えることすら以ての外だった。だが、今ならできるかもしれない。
それでも、思い立ってから皮膚科に行くまで一年ほどかかった。診察室に入ると、皮膚科のさっぱりした感じの女の先生は、特ににこりともせず
「ピアスはじめてですか。心境の変化かな?」と言って施術をし、
「50代で開ける人、結構多いですよ。子どもさんの手が離れたからとか……」
そんなことを言いながらてきぱきと処置をしてくれた。
一か月後、ファーストピアスを外して、血だらけになりながらピアスの付け方を練習した。こうして書いてしてしまえば実にくだらない話だが、わたしにとっては忘れたくないできごとのひとつだ。自分がしたいと思ったことを、自分の意志で決めて自分で行動したというできごと。

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