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マサの乗る船は島原や天草、時に長崎まで荷を運ぶが頻度はそれほど多くはなかった。半分は船に乗らない日だったので、そんな日は北東に位置する朝来山へ山菜を採りに行く。それをお桐がお孝の母親の真似をして塩漬けにした。
船乗りたちの食欲は目を見張るものがあった。一人五合も一度の食事で食べるのだ。四、五人づつ順番に食事を済ませていくのだが、炊いても炊いてもなくなる。追われるようにひたすらご飯を炊き続けた。
翌朝はげん爺の言った通りに隣の家から粥をもらった。隣りの一家は十五年前に近江から越してきたそうで、外から来たタカベたちに好意的だった。
荷物庫から出ると空は真っ赤だった。ちょうど夕日が山の端に落ちていく。ここは紀国の東にある志摩の国の港、鳥羽である。 「お姫さんを二人も乗せてたから、伊勢の神さんが早う来いって船をひぱってくれたわ」
見知った人を見かけたら手当たり次第に声をかけて雑賀へ行くことを知らせた。万が一兄が戻って来たなら、タカベたちは雑賀にいると誰かから聞くことを祈って。
お滝とお桐の話によると、お網は「母ちゃんもあとから行くから。あの洞穴へ隠れろ」と二人を山へ逃げさせて、姿の見当たらないセイゴを探しに行ったそうだ。