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次の日の朝、タカベはほかの乗組員たちよりも早くお滝とお桐を連れて船へ向かった。途中お滝が「村へ帰るの?」と尋ねると「村へは帰らねえ」と早口で答えた。
荷物庫から出ると空は真っ赤だった。ちょうど夕日が山の端に落ちていく。ここは紀国の東にある志摩の国の港、鳥羽である。 「お姫さんを二人も乗せてたから、伊勢の神さんが早う来いって船をひぱってくれたわ」
見知った人を見かけたら手当たり次第に声をかけて雑賀へ行くことを知らせた。万が一兄が戻って来たなら、タカベたちは雑賀にいると誰かから聞くことを祈って。
お滝とお桐の話によると、お網は「母ちゃんもあとから行くから。あの洞穴へ隠れろ」と二人を山へ逃げさせて、姿の見当たらないセイゴを探しに行ったそうだ。
滝は相模の国の生まれである。生まれてすぐに母親が亡くなり、母の妹であるお網とその夫、タカベに引き取られた。お網はちょうど妊娠中でほどなくしてお桐を産み、滝と桐は姉妹同然に育てられた。
お菊は立ち上がると廊下へ出た。この廊下は中庭をぐるりと囲んだ長い廊下だ。左手に庭を見ながら足早に歩き、角を左に曲がるとすぐに右手の部屋の前で止まった。 「お義母さま、よろしいですか」
「梅すだれ」の連載についてお知らせいたします。現在時代考証に難航しております。徳川家による安定政権の前はごちゃごちゃしていて物語とのすり合わせがたいへーん!
庄衛門はいなくなったが庄衛門の叫んだ「許せるものか!」は部屋に残っていた。この言葉は「許しなさい」と言ったお菊が心の中で叫んだ言葉でもあった。