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『「黒い雨」訴訟』 小山美砂

広島に原爆が投下されて間もなく、周囲に降った放射能を含んだ黒い雨。爆心地での直撃ではなく、水や灰によって間接的に被爆し、それに起因する健康被害に苦められ続ける人々を、国は被爆者として認めず見棄て来ました。彼らは救済を求めて、国を相手に裁判を起こしますが、国の対応は例によって非科学的かつ非合理的なもの。腹立たしく苦しい闘いを経て、ようやく勝訴するに至るまでの道程を、毎日新聞の若手記者がつぶさに追ったルポルタージュです。

被害直後には、被爆した住民たち自身が、差別を恐れてタブー視していた例がありました。また、アメリカは原爆使用への批判を避けるべく被害を軽く見せようとしており、日本政府もそれに隷従しました。結果的に、原爆の放射線による二次被害が明るみに出るのが遅くなったのです。

裁判の過程での国の対応には、憤りを抑えられませんでした。毎度の如く「空虚で中身のない<科学的・合理的な根拠>との言葉」(p.90)を並べるのみならず、不都合な調査資料の中抜きすなわち隠蔽をも平然とやってのけるのです。長い歳月へと引き伸ばされた裁判の間には、亡くなった人も多く出てしまっています。被爆者認定の基準の理不尽については、長崎で被爆した作家・林京子(1930-2017)も書いていましたが、こうした境遇にある国民に対する国の冷淡さは異様でさえあります。

著者が強調しているのは、国の原爆被害への対応が、福島第一原発の事故被害への対応に、通底していることです。「黒い雨と原発事故は、『科学的知見が確立していない被害』という点が共通」(p.209)であり、そこで御都合宜しきまやかしの『科学』を振りかざして、被害やリスクを小さく見せようとするやり口も共通です。問題は決して過去の話ではないのです。

[2024/03/03 #読書 #黒い雨訴訟 #小山美砂 #集英社 ]


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