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『母という呪縛 娘という牢獄』齊藤彩

2018年の滋賀県で、31歳の看護学生の娘が58歳の母親を殺した事件。その背景には、母親による長年に渡る苛烈な敎育虐待がありました。この母と娘の異常な歳月を克明に浮かび上がらせたルポルタージュです。

報道記者である著者は、娘との面会を繰り返し手紙をやりとりするなど丁寧な取材を重ね、娘本人の了承の元で本書を刊行しています。

見えてくるのは、この母親の異様なまでのプライドの高さと、娘への過剰な期待と干渉です。地元国立大の医学部に入るため9浪もしていたり、せっかく看護学部を卒業したのに助産師学校の受験を強いられたりと、客観的状況も凡そ普通ではないですが、成績不振に対し熱湯を浴びせたり鉄パイプで殴打したり庭で土下座させたりと、内情もどう見ても狂気の沙汰です。脱出の試みがことごとく潰えて行く娘の心情には、同情を禁じえません。

そして、この事件そのもの以上に衝撃だったのが、私には、この母親と極めて酷似した思考回路を持つ人物の心当たりがあることです。「詰問」「罵倒」「命令」「蒸し返し」「強迫」「否定」(p.92)などの罵声パターンには、渡が受けたものに完全に当てはまりました。シチュエーションは異なるのに、全く同じ内容の暴言を浴びせられたことも、全く同じようなやり方で延々と罵倒され続けたこともあります。読みながらそれらの記憶が否応なしに脳裏に蘇り、全身から力が抜けてしまうような感覚に何度も陥りました。精神的に萎縮してしまって、思考が混乱し停止し、異様な関係性から抜け出すことを考えられない状態に陥っている娘の心境は、私には非常によく理解できるのです。そして、傍から見れば異常としか言いようのない状況であっても、当事者としては過去からの延長線上にあるもので、感覚が麻痺してしまっている状態であることも、やはり実感として理解できてしまうのです。この娘の姿から我が身を振り返り、改めて身震いがしました。

[2024/07/09 #読書 #母という呪縛娘という牢獄 #齊藤彩 #講談社 ]

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