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『詩と散策』ハン・ジョンウォン/橋本智保訳

数ページ程度のエッセイ25篇から構成された一冊です。著者のごく身近な風景や出来事の合間に、古今東西の様々な詩の断片が織り込まれ、独自の物静かな情感を醸し出しています。

著者ご本人については、猫や散策などが好きなことや、具体的には不明ながら様々な苦労や苦悩を経てきた女性であることが垣間見えること以外には、明らかにされません。時々どこか達観の境地に近い印象もありますが、かと言ってお高く止まったような所は皆無で、むしろ敬愛感を抱かせます。何れにせよ、著者の経験と思索が、この味わい深い物語を編み出しているのは確かです。

何とも含蓄のある文章が連なりますが、個人的に一つだけ挙げるなら、果物を売るトラックの男性やバラックに暮らす男性との友情の記憶が綴られた「果物がまるいのは」(p.44-50)は、とりわけ心地よい余韻を残しました。

薄雲りではあっても決して暗くはない、そんな彩りが感じられる文体に、このカバー装画は極めて相応しいものでした。

[2024/05/09 #読書 #詩と散策 #ハンジョンウォン #橋本智保 #書肆侃侃房 ]

「長く使うと体の関節が擦り減るように、心も擦り減る。だから、“人生百年“というのは残酷だと思う。人間には百年も使える心はない。」(p.59)

「まぶしいほどに輝く陽ざしはゆくもりを与えるが、同時に対象を色褪せさせる。…本当の気持ちや誓いは曇りの日に伝たほうがいいと思う。陽ざしは愛おしいけれど、雲と雨は信頼できる。」(p.112)

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