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往く日々と夜(5)(R18)

第五章 二重人格(下)


作者MiyaNaoki 翻訳sekii


おぼろげな水音で目が覚めたとき、木島は全裸でバスタブに仰向けでもたれてかかる。シャワーから出たミストのような水は安堵感を与える。
馴染んでいる城戸の匂いがすること、すわなち、城戸がしばらくそばにいるというごく普通に見えることこそ、木島に安堵感をもたらしたのだ。
しばらくして、バスタブの水位が上がってきた。まだ例の紺色のパンツを着ていた城戸は木島の足をそっと持ち上げ、手を下に入れて、木島の足の横やお尻の隙間に残った液体を丁寧に洗い、ごく自然にさっきまで必死に吸いつきそうになっていた穴に、婦人科医者の診察でもするかのように指を入れて、少しずつ内壁を広げて掻いた。白濁液が溢れ出て、水面をゆらゆらと漂う。
「うむ…うん…」
木島は濡れた綿の塊のようにぐったりしていたが、いきなりこんなふうに入れられると本能的に体が縮まってしまったが、さすがに力が入らず、足腰を弱々しくばたつかせ、両手をバスタブの両側でつまんではだらりと垂らし、抗議するように唸っていた。
城島はバスタブの縁に腰を下ろし、木島を引き寄せ、より柔らかく触った。
「いいよ、ちょっと我慢して、リラックスして、さっきは急いでいたから、きれいに片づけないと気分が悪くなるから」
木島は彼の腕の中でぐにゃりと寄りかかり、うなだれ、唇を噛み、何も言わずにいたが、城戸の指が少しずつ奥に入ると、ごくかすかな嗚咽が洩れた。その生気のなさに心配になり、城戸は彼の頭の後ろを肘で軽く突いて、優しく名前を呼んだ。
「木島…木島……眠ってはいけませんよ」
「そうね……」
木島はぼんやりと顔を上げた。目の縁が赤く、ぼんやりしていて、濡れた髪が額や頬に貼りつき、その姿は湯気に包まれて今にも消えそうになる。城戸はそれを申し訳なさそうな顔をしている。正確にいえば、さっきの情事を挑発したのは木島だったが、木島が普通の人のように生活しない原因が自分にあると城戸が悔しく思う。
木島はまた城戸の妄想を知ったかのように、城戸により近づき、首筋に手をよじ登り、つかず離れずに触れていた。城戸の掃除が終わり、残っていた液体をつけた指を抜いたとき、木島は目蓋が激しく震え、まつげに涙がこぼれた。
「きついか…」
城戸は心配でそう聞きながら、木島の肩をなぐさめるように叩き、しばらく放し、シャワーをとり、水の流れを小さくして、温かい水が均等に木島の体にかかるようにしながら、彼の顔がわずかに血の気を帯びてくるのを慰めた。
木島はバスタブの縁にうつぶせになり、腕を枕にしたまま、少し哀れそうに息を切らし、無言に城戸を見つめている。それは弱みと懇願の混じった目つきだった。木島が何かに手を伸ばそうとすると、城戸はシャワーも水の流れも気にせず、足を踏み出してその手を握りしめた。
城戸は眉間に皺を寄せて尋ねた。木島の異常な行動で心配になった。
「どうしたのか。一日何も食べていないのに、こんな騒ぎを起こして、そのまま気を失ったなんて、俺殺人犯にでもなったのかと思っちゃったよ」
「たしかに。城戸なら、動機を持っている。金銭、感情、復讐…」木島は力がなかったが、それでも諦めず、小さな声で言い合いをしていた。
「いい加減にしてくださいよ……そういえば、福岡のひよ子を持ってきたけど、すこし食べてみないか」
城戸は呆れたように、木島が頑張って言葉を吐き出す様子をみて困った。
木島はおざなりに立ち上げようとしたが、すぐ諦めて、城戸を見上げる。
「動けないんんだ……」
城戸はため息をつき、濡れた下着一枚だけを着ているのにも気にせず、すぐに台所にかけて、交わりが激しすぎて身動きの取れない作家先生のために食事を用意した。
木島はあの背中が消えるまで、ずっと見つめた。浴室に取り残されると、かすかな水音とともに感覚と記憶が集まり、彼の脳裏に戻ってきた。いろいろな思いが、水のように集まって、また、どこかの溝に消えてしまった。
完璧な交合は、木島を愉快にさせた。最初は鬼島として、城戸とどこまでやれるか探りを入れたかっただけで、図々しく言えば、それは創作のための自己開発の一つだ。が、体がかみ合い、息づかいが絡み合った時点で、木島はわかるようになった。そんな言い訳はない。自分はただただ、城戸と交わりたかった、それだけだ。自分はどんな人格でもあの人に耽溺している、それだけだ。
体の中でむっとするような、くすぐったいような、気持ちのいい感覚はまだ残っているが、心のどこかには乾いた砂がたまっていて、消極的な気持ちにある。悔しい訳でもない。あれだけの情事を楽しんでから悔しく思うというような恥知らずな人間はいない。ただ、例の肝心な問題は未解決のまま。
そういえば、さっき、城戸と一緒に至高の快感に沈んでいたのは、いったい誰なのか。木島本人であれば、さすがに恐怖を感じずにはいられなかった。なぜなら、城戸が自分をすっかり変えたからだ。また、鬼島のせいだと認めたら、それはまたは悔しい。この自虐的な実験は最初から始めるべきではなく、いかなる結果になろうとも、木島は喜ばない。ただ、城戸と超脱的に、欲張りに、言葉で確認しなかった曖昧な関係を保つわけにはいかないというつまらないことを検証しただけだ。
眉をひそめて考えをめぐらせていると、城戸がいつものようにひよ子と牛乳を載せたトレーを持って入ってきた。オフホワイトのパジャマに着替えて、ズボンの裾と袖口をまくりあげて、愛に満ちた表情をしている城戸に、木島はちょっと満足が行き、また面白く思い、眉を上げた。
「あの、城戸…今日…九州に行った?」
木島は一日中お腹を空かせていたにもかかわらず、とても上品な食べ方をして、小さくちぎったサルベを口に運びながら、ゆっくりと質問した。
「いえ、ちょっと福岡に帰ってきて、仕事にね。本屋の向かいにひよ子のお店があって、あんたの好みだと思って買ってきたんです」
「おいしい。ありがとう」
木島は口をふくらませて愛嬌たっぷりに笑った。城戸がいなかったら、自分がどんな日々を送っているだろうか。そう思うと、木島はありがたく思う。
城戸はそのおとなしい姿に胸をときめかせ、思わず木島の頭を撫でた。木島理生は機嫌がいい時、まるで頭上に光の輪があり、背後に丸い翼がある天使のようで、手に取って賛美したくなる。
「そうだ、例の古い映画、借りてきたから、後で一緒に見ないか」
城戸が提案した。その場の雰囲気があまりにも良かったので、映画を探すのがどれほど手間かかり、十数軒のレンタルショップを回ってようやく見つけたという小言は省略した。
「そうだね」
木島は微笑んで頷いた。かわいらしいひよ子で少しだけ心が和み、楽しい時間を過ごしたいとした。
例の映画は1980年代の古いもので、双子の兄弟の奇妙で親密な魂の結びつきの話。題材には猟奇的なものもあったし、派手で血なまぐさいシーンもあった。木島の好みではないようで、城戸の好みにも合わない。仕事柄、城戸はエロ画面にはかなり落ち着いているが、怖い部分は苦手だ。映画の中、医師が冷たく硬い手術器具を見せると、城戸は逃げるように首を捻り、木島に何か声をかけて緊張をほぐそうとしたが、目に映る映像に口を噤んだ。
木島はいつものように冷静に画面を見つめているが、変わっている光が彼の顔に反射され、眉間、鼻の脇、唇の先には濃淡の影が飾られ、暗がりに浮かんでいる冷静さ、光と影が彼を別人のようにして、ますます冷淡で、ますます傲慢で、凛としたよそよそしさを漂わせていた。
城戸は、心に何かを叩きつけられたような強烈な衝撃を、映画が終わるまでずっと受けていた。
「あの…どう思う?」
クレジットが流れ始めると、木島は立ち上がって明かりをつけ、考え込むように尋ねた。
「ちょっと…悪夢みたい」
確かに城戸は、大半の時間を夢のように過ごしていた。
木島はソファに戻って腰を下ろし、口をすぼめて考えた。
「二重人格に関する映画だと思っていたが、こんな話だったとは思わなかった……深刻だね。この離れられない、死にいくしかない運命の感じは」。
「最後のシーン、エブリイがエリオットを切り裂いて殺して、女優さんと一緒にならずに、部屋に戻ってエリオットと一緒に死ぬシーンは、さすがに衝撃的でした」
城戸はわざと感心したようなふりをしたが、実際に、彼は映画の終わり近くになってから、少しずつ注意力を取り戻してきただけだ。ただ、あのスチールショットに映画の表現の力点が置かれているのは確かだ。
「あの比喩は面白い。情事は……爆弾のように猛烈って、悪趣味な描写だね。あれはどんなに猛烈なことか」
木島は口元をすぼめ、目尻で笑いを浮かべた。
それを聞いた城戸は、なぜかドキドキする。激しい鼓動と荒い呼吸に突き動かされ、城戸は怪しいストーカーのように木島に目をくっつけ、木島が立ち上がり、体を伸ばし、首を動かし、カウンターに行き、水を注ぎ、水を飲みに顔を上げると喉元が微かに動き、風呂場に入って眼鏡を外し、蛇口をひねり、顔を洗い始める……を見ていた。
何を思ったのかわからないが、風呂場に入った木島についた城戸はついでに後ろ手に鍵をかけた。
「どうした?」
木島は水の流れを顔に当てていたが、それを拭く間もなく、鋭い掛け金の音で城戸の異変に気づいた。彼は顔をあげて、鏡に向かって再び質問をした。その顔にはまだきらきらと水の玉がついた。
「何かあったか」
城戸は言葉が出られない。喉がからからに乾いていて、まるで薪がそこで煙を焚いているようだ。自分がどんな邪霊にでも取り憑かれたのか、城戸にも分からなかった。確かに、木島はいい顔といい体をしているが、何日も付き合っている今日になって、一目惚れとはさすがに言えないだろう。わけがない恐怖感に駆けられたせいか、城戸は急に木島を侵したくなった。そう、もともと存在している何かが、その存在が定めなくなるような気がした。城戸は急に、それを失うのが恐れて、それで確認する気持ちが切になった。
二人は鏡越しに見つめ合っていたが、広くない風呂場に息づかいが響いた。木島は固唾を飲み込んだ。彼はよく知っている。城戸のその眼差し、胸の起伏、および雨が降り出しそうな雰囲気が何を意味しているのか。彼は唇を少し開いて、何か言おうとしたが、まだ言いださないうちに、言葉が無意識の叫びに変わった。
「あ……何をする…服…濡れちゃうよ…」
突然、背後の男にからだを押さえつけられ、洗面台の上に押しつけられ、薄いパジャマに染み込んだ水が肌に冷たく貼りつき、上昇する体の温度とぶつかって木島は震えていた。
「伏せるんだ」
城戸は木島の腰にいっそう強く巻きつけた。もう一つの手で木島を押さえつけて、上半身を伏せさせる。すると、木島は自然にお尻が高くなった。ぴんと張った肉棒が、布地を隔てて股間に押しつけられ、その理不尽な勢いに木島はたじろいだ。あれは実に大きい。今、あれはすべでの防衛を突破して、いきなり押し入りそうだ。
「うむ……うん…だめ……」
本能的な恐怖は、背後の支配から逃れようとするかのように、木島を弱々しくもがきいたが、正直になれば、彼には逃げられないし、逃げたくもないのがはっきりわかっている。
「ダメ?本気に?」
木島に叫ばれ、城戸は体中が火照った。木島の拒否の癖が相変わらず城戸の欲望をくすぶっていて、城戸は下半身の擦りを激しくし、木島のパジャマをかきあげ、その引き締まった下腹を軽く撫で、その上、わざと胸の突起を指先で掻き、二本の指でひねった。木島は唐突な痛みに声を上げた。
「ほら、お前の顔はそう言ってないよ」
城戸はわざと木島の髪を後ろに引っ張って、自分と一緒に鏡の中の美しい景色を見ようという合図を送った。
木島は荒い息づかいの中で顔を上げ、鏡の中で情欲に溺れている二人を見て、恥ずかしくて顔を赤くしたが、その目つきには少しの虚しさと戸惑いが滲んでいた。この場面にあるはずのない微妙な表情を、城戸は鋭く捉えた。なぜか、彼はすこし怒られた。
普段は自分なりの考えをしない人だが、なぜか木島のことに至ると、城戸は攻撃的になりがちだ。最も効率的なアタッカーのように乱暴に二人の服をもぎ取り、素肌で触れ合わせた。強烈な独占欲がウィルスのように自分の中に急速に蔓延していくのを感じる城戸は木島に自分以外のことを考えさせたくなかった。
肉棒が痛くなるほど硬くなっていて、すぐにでも差し込みたかったが、木島の股間に擦り込むと、城戸は突然、懐かしく、無謀なことを辛抱強くこらえて、股間をこすり始めた。木島の股間は擦れば赤くなるほど肌が柔らかい。生理的な刺激はそれほど強くないのに、自分の性器が木島の股間を出入りしているのを見ると、城戸はすべての理性を焼き払うほどの衝撃を受けた。それに、その姿勢は彼らにとって、ただならぬ儀式のようなものだった。
「覚えてる?これ」
城戸は木島の耳元で、わざと大きく息を吐いて訊いた。木島は息をしながら目を上げ、鏡の中で城戸の様子を見ていた。情動している様子だった。
忘れるわけがない。それは最初の夜、木島は男同士の経験がなく、あそこがきつくて、指を二本入れても痛くて震えていた。が、二人とも体を熱くし、欲望に突き動かされてとめられなく、結局はこうして股間を強く擦りながら、互いの体への渇望を発散していた。木島は大満足した。
それを思い出すだけでも、木島は微笑んだ。うつぶせの姿勢に違和感を覚えながらも、本能的に足のつけ根をぎゅっと締め、そこに城戸の熱が吸い寄せられるのを感じながら、鏡の中の自分を見て、甘んじて耽溺していた。そんなに肌と肉との触れ合いで、木島は親密さを感じ、充実感がある。
木島の笑みは、城戸にとってはなによりもの精力強壮剤だ。摩擦の頻度と力が急速にエスカレートし、城戸はそのぬるぬるした股間にいきそうになったが、それだけではだめだから、歯を食いしばって耐えた。
過去を振り返ることで、二人の心も体もかすかに変わり、欲望の合戦のなかで、懐かしさが増している。木島の反応もいっそう強く鋭くなり、纏うような喘ぎや水音が、この静謐な部屋の中に響く。
「あっ…うん…」
木島の美しい背中が、ぴくぴくと、激しくふるえて、煌々としたミラーフロントランプの下で、その体はかすかに、きめ細やかな光がきらりと光る。城戸は思わず唇をつけ、脊筋に沿ってキスをし、しばらくはまたその小さな耳たぶを何度も舐めてはそのまま口に飲み、軽く噛んだ。
「は……はやく……」
木島は探って、腰についた城戸の手をぎゅっと握りながら、城戸をみている。その目は透き通るような水色だった。
「何を?」
城戸はわざと声をひそめて、わざと聞いた。
木島は予想していたようにすぐに怒るでもなく、苦しそうな顔をするでもなく、くるりと背中を向けてうつ伏せになり、その分お尻を高く上げて、自分の股間に差し込まれた肉棒が、ちょうど入り口に止まった。城戸は呼吸がますます荒くなった。痺れが頭皮から全身に広がった。今すぐにでも貫通ダッシュして、こいつの傲慢の殻をばらばらにしようとした。
「はあ……うん…」
木島は突然のつっこみにたじろいだようだが、やがて細く長いため息をつきながら、城戸の手をそっと撫でながらうながした。
「早く……城戸、早く……」
これ以上我慢できるかと城戸の心の中にある暴虐と強欲のすべてがかき回された。城戸はその細い股間を両手で締め上げ、待ちかまえていたかのようにまっすぐに突き進んだ。突き刺すと、先端が激しい熱の流れに出会い、広がる柔らかさに素早く包まれ、隙間もなくぴったりと吸いついてくるような気がした。そのため、いきなりに外へ引っ張り出すと、その軟らかい肉が連れ出された。凶暴で痛快なピストン運動が続く。
「うんあ……あ……壊れる……死んじゃう」
冷たい洗面台に伏した木島は、喉の奥でかすかな音だけを残して息を切らしていた。前後に揺すられたり、濡れかけた髪を揺すられたり、指がバランスの取れるものを何でも摑もうとした。この狂乱に夢中になっていて、背後にいる城戸に翻弄されている姿を鏡で見ているだけで、木島は嬉しい。
意外に、その歓喜はさらに熱狂してきた。城戸は彼を掬い上げ、手を前に伸ばして木島の欲棒を撫で、見事に楽しませた。単純で直接的な刺激に木島は泣き声を上げ、欲棒がぱんぱんになったが、快感が全身を駆けまわり、後ろのほうを思わずさらに収縮した。
「だめ……あっ、あっ……行く…」
木島は首を横に振り、弓を引いたように緊張していた。
「理生……我慢して……待ってて」
城戸は懇願するように熱い息を吐いた。耳元で念を押す城島は指で、無残にも木島の釈放口を塞いだ。
木島は呆然として鏡を見ていた。鏡の中の自分は欲望の満足を求める顔色が溢れて、鮮やかな涙の跡、緩和できない飢えと渇きのために緋色の唇が震えている。人にあやつられていて、自由がない囚人のようだが、ただそう呼ばれて、心が揺れた、愛の感情が溢れる。
「呼んで……」
木島はそっと懇願した。霧で曇った鏡を越して後ろにいる人に。
「あのように呼んで…もう一度」
城戸は木島の目を見ていた。その鏡は情事を盛り上げる絶好の道具であるはずなのに、今は心を繋ぐ機能を働いている。鏡の朦朧した反射から、城戸は木島の感情を察知することができる。その感情の源を知らなかったが、悲しみと喜びが混じった感動が感じられる。
「理生……理生……理生…理生!」
城戸は叫び続け、しわがれた声が興奮になり、体の動きもますます激しくなり、何度もその熱い通路に深く突き刺さり、彼の知っているすべての秘所を力いっぱい押しつぶし、まるでその名を、凶暴な摩擦と究極の吐き出しとともに、二人の記憶と魂の中に刻み込もうとしているかのようだった。
城戸とともに爆弾よりも激しい絶頂を体験したとき、木島は目の前に荒れ狂う街が吹き荒れ、白い煙が立ち込め、炎が燃え上がるのを感じた。しかし、彼の心は澄んで堅くなった。あの人の目には複雑な二重人格など映っていないことを彼は知った。考えすぎることは、彼の職業病かもしれない。鬼島蓮二郎は作られた思いの中にしか存在せず、素直ではないこいつに精いっぱいいい作品を描いてもらおう。そして木島理生は、この世で野暮ったいほどでもなく、洒脱でもない木島理生でいいのだ。
彼は濡れた目を閉じて、はげしい心臓の鼓動の中で、城戸の首にもたれ、その人の息を深く嗅いだ。城戸のそばで、城戸のよく知ってるヤバい木島理生でいいんだ。

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