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往く日々と夜(4)(R18)

第四章 二重人格(上)


作者MiyaNaoki 翻訳 sekii


晴れない七月の末、木島はソファに寝転んで音楽を聴いていた。レコードがくるくると回って、ゆっくりと均一に時間を刻む。実際、木島は真剣に聴いてなく、音楽があるかないかということすら、あまり気にしない。昔は少なくともジャズを聴くときは集中していたのに。
城戸は最近目が回わるほど忙しく、本屋の展示空間と数を稼ぐためにあちこちの本屋を回っているので、毎日朝早くに出かけて帰ってくるのが遅く、木島と顔を合わせないこともある。
『熾紅の印』はすでに二度重版され、売れ行き促進のために木島が番外を書き加えたり、いくつかの雑誌からメールでインタビューを受けたりしていた。鬼島蓮二郎という名の前に、「新世紀の恋の達者」という言葉を使う人も現れる。大げさだが、販促に役立つ。
「ほら、こうやって並べたら、すごい勢いがあるよ。パネルもちゃんとデザインしてあるし……」
城戸が興奮気味に木島に見せた写真には、女の半裸の胸に薔薇の烙印が押され、野性と誘惑を表紙に表現したこの官能小説が、ずらりと多くの本屋に置かれた。隅に置かれたのもあり、運が良く入り口に近い場所に飾られたのもある。木島はデザインのそれぞれ違うパネルを見つめていた。ただ、ものすごい勢いで書いていて、これほど城戸を喜ばせるあの人は、木島にとってまだ馴染みがない。 
鬼島蓮二郎、自分の中にこういう人がいる。木島は鬼島の存在をますます気になっている自分を察知して、なぜか悔しくなった。
蒲生田宅で最初の官能小説を書いたとき、あいつはまだ存在していないはずだった。その時に書いたあらゆる痴れ話や感情は、すべてが木島の中の深いところにある欲求から始まった。木島は体の奥に、まるで飢えた猛獣の口のようなまっ暗な穴があると感じた。猛獣は情欲を餌として、すべての純粋な肉体関係を求め、手を重ねると嗚咽し、裸で抱きしめるとうなり、木島を飢えた淫婦へと変貌を迫った。
あの午後のことをはっきり覚えている。斜陽は刃のように時間を二分した。木島は心細げに数行の字を書いたが、頰が熱く、胸が痛むばかりで、猛獣がひるがえしながら、爪を振り上げて、今にも彼の体を食いちぎって飛び出して来そうだった。その淋しさと苦痛に駆られて、よそを考える余裕もなく、ただ城戸の姿を思い、城戸の名を呼びながら、あの澄んだ夕映えに包まれて、力を入れて自害するほど自己開発をした。
蒲生田先生から贈られた道具は、あまりにも大きくて、あの穴に入れた途端に戦慄するほど痛む。そのせいで、木島は後ろのガラス戸に強くもたれかかり、肩甲骨の窪んだ部分をドア枠に押し当てて、強い力を入れた。彼は涙で目がかすみ、呼吸が速くなるほど痛んだが、目新しさと満足を味わった。
あの大きなものが一本、体の中に入った時、彼は息をつき、城戸が自分を満たしてくれたと想像した。が、目の前の部屋に誰もいなかった。木島は落胆して唇を噛み、後頭部をドアに当て、体にあるおもちゃを必死に奥へ届けようとする。妄想がぐちゃぐちゃになり、ネバネバした液体に化して、太股につき、畳まで流れてきた……足は、長い間大きく開いていたために、少ししびれて、小刻みにふるえていた。その孤独な姿はろうそくの炎の上で瀕死する蛾のようで、夕日に照らされて、灰色がかかった白いふすまの上に影を映す。
それまで知らなかった。後ろの穴が侵され、突かれることが、これほどの官能刺激をもたらすもことを。たちまち、彼は狂乱の欲の波の中に、波頭に突き立てられ、その熱い波は彼を高く放り投げ、また優しく受け止め、豊かな満足感に包まれながら、ゆっくりと地面に降りて行った。
「城戸……」
木島は脱力したように畳の上に倒れて、涙にぬれた目を微かにあけてつぶやいた。濡れた髪が額にベタつき、太股が重なり、胸は細波のように波打っていた。
城戸…城戸…城戸…呪文のような名前が、砂粒のように彼の頭の中を流れ、集まり、吹き散った。彼はとうとう気味が悪くなって、口には出さなくなった。何滴かの温かい涙が、音もなく畳に滲みた。
ある瞬間、残陽は突然消えた。ついさっき、残陽が名残惜しそうに、雲と共に夕べの空を照らしていたのに、時間が過ぎたら、やむをえず暗くなり姿を消した。木島は暗闇の中を手探り、自分自身を拾い集め、服を着た。暗闇は、すべてを隠し、木島にも安らぎをもたらす。
それからの一晩中、木島は下半身の痛みを感じながら、緩んだ気持ちで書き続けた。炎のように熱烈な言葉はまるで何の構想も必要としないかのように、水のように流暢に出てきた。彼は夢中になって書いていた。まるで書くことを実行しているのが自分の体であって、構想するのが別の人間であるかのように、休むことなく、言葉を噴き出していた。
鬼島蓮二郎はあの時誕生したのかもしれない。飢えと渇きと虚弱さと強欲と妄想から生まれ、悪にまみれたやつである。
たくさん寄せられてきたインタビューの企画書の中で、一つ気になった質問があった。
「番外編で朱里の秘密が明かされましたが、双子の朱里は姉のふりをして姉の夫や愛人と関係を持ったのは、恨んでいた姉への復讐だったのですか。そうだとしたら、なぜわざわざ烙印を押してもらいましたか。別人だと気付かれて、まずいじゃありませんか」
不思議だな、そこまで具体的に、作品の内容について知りたがっている人がいるなんて。木島は数分かけて、じっくりとそのことを考えていた。
——厳密に言えば、本作のテーマは復讐だけではありません。朱里の姉への感情は、必ずしも憎しみばかりではなく、わけのわからない未練があるのかもしれません。人間は貪欲で自意識過剰な生き物です。満足感を得るために他人のふりをすることもあります。それに、いつまでも自分を隠している人はいません。変装した人は、動きや目つきやなまりや傷跡などの個を見分ける手がかりを残す衝動があります。ばれるかもしれないが、ばれるかもしれないという恐れに惚れることもありましょう。
それは木島理生の考えだ。どうも復雑だ。さて、鬼島蓮二郎はどう思か。
「それは一種の衝動といってもいいでしょうが、セックスで最高の快感を得るためには、傷害を引き起こすことも有効な手段です。特に、加害者がセックスの相手の場合は、恐怖や自己憐憫で快感が増します。朱里のように自分を甘やかした女が、楽しむために過激な手段を使うことも珍しくありません。別に後ろに複雑な感情があるわけでもないと思います。わけもない衝動、これが読者様にとって、面白いでしょう」
結局、木島はこの回答を取材者に送ることにした。鬼島蓮二郎という人を憎むどころか、彼は少し鬼島が好きになった。鬼島は木島理生よりもっと素直で、更に欲望そのものに忠実で、余計な傲慢と慢心がない。
だったら、城戸も鬼島のことがより好きかも。彼は木島理生に対していつも留保があって、彼の偉大な人生の計画を放棄するほど好きではない。しかし、もしかしたら、彼は鬼島に魂を奪われたかもしれない。
思えば、鬼島蓮二郎という名前をもらった夜、城戸はひときわに懇ろに腕を引っ張り、下唇にキスし、また耳をふくんだ。まるで魔物に取りつかれたようだ。
木島は分裂した思考にはまり、人の気配に気づかなかった。すると城戸が「ただいま」と声を上げてリビングに入っていくところに、木島はソファの横に沈んだ顔をして、意気消沈していた。
「ただいま帰りました」
城戸は心配そうに近づいてきて、声を高くして、繰り返して言った。
ぼんやりしていた木島は顔を上げて彼の顔を見てから、目を伏せてつぶやいた。
「雨、か」
「ええ、霧雨だから」
城戸は彼が動くのを見て、少し安心して、濡れたコートを脱いで掛け、ソファの向こうに腰を下ろした。
「何をしているか。ご飯は食べたか」
「そうか……忘れた」
木島は何かを思い出して諦めたように、一瞬だけ微妙に動揺した。
「ご飯を食べるのも忘れたなんて。お前、お腹が空いたりしないか」
がっかりした城島は、自分の目を離すと生活すらままならない木島がこれまでどうやって生きてきたのかを疑っていた。
「ええ、あまりお腹が空いていない。考え事をしている」
木島は座り直し、わざと城戸の方に移動した。
「そうか。新作品でも考えてるか」
城戸はタバコの箱を取り出し、一本抜き取ったが、火もつけずに持っていた。
「いえ、ずっと……君のことを考えて……」
木島は横を向いて城戸を見た。穏やかな顔をしているが、その目にははっきりと誘惑のようなものがあった。
とっくにかけ終わっていたレコードは、ゆっくりと空回りしながら、時間を微塵に切っていた。その微塵は空を舞い、二人の間に霧のように乱舞した。城戸は動揺を感じた。最初から、城戸は木島に抗うことなどできなかった。しかも、誘いをかけるように木島は唇を少し開いた。
城戸はすぐに、待たずに招待に応えた。唇を重ねたあの時、騒ぎ立てたほこりはすべて静かになる。騒ぐ微塵の霧はゆっくり晴れて、その代わりに、欲望が無限に膨張してきた。
木島はこういう瞬間が好きだ。二人は全力でキスして噛み、また舐めて、相手を独占すること以外は何も考える必要がない。唇は熱湯に浸かった花びらのようで、のちほど腐っても、一時的な艶やかさを楽しむ。木島は城戸の匂いが好きで、その匂いを城戸の唾液と一緒に飲み込もうとする。
城戸は木島の後頭部を支えてさらに引き寄せ、深いキスをする。手をそのふわふわしたパジャマの裾に突っ込んで、木島の胸のふくらみをみつかり、指の腹や指先で何度もいじりながら、木島が自分の動きに合わせて、琴でも弾くような魅惑的な鼻歌を奏でるのを聞いていた。
木島は呼吸を乱し、頬を赤く染めながらも、自分がどういう立場で担当編集者を誘惑しているのか、はっきりと覚えている。その奇妙な思いつきが本能的な愛欲をある種の実験的なものにして、ますます胸を躍らせた。
激しい口づけを続けながら、木島は寝返りを打って城戸の上に跨いだ。ゆったりとしたパジャマとパンツは特に引きちぎられ、裸の下半身が城戸のズボンの生地を擦り、白い太ももにはすぐに赤みができた。
自分が何者なのかはわからなく、それはどうでもいいようで、灼熱の何かが木島の体の中を駆け巡った。城戸のベルトがあまりにも外れにくい。十数秒の努力を怠った後、木島は肩で息をしながら呆然としている下の男を、少し怒ったように睨んだ。
「木島…」
城戸は呆気にとられた。彼はそんな木島を見たことがなかった。木島は見かけほど高潔なわけではなく、誘惑するようなこともよくやっていたが、こんな大胆でストレートな行動は初めてだった。その紅潮した頬を見て、城戸は薬物乱用でもしているのではないかと心配になった。
「うるさい…早く……」
木島は、城戸の逡巡に構う気になれず、欲望が狂っているのに満たされない焦りが、機嫌を悪くしていたのだ。
その勢いに圧倒された城戸は驚く余裕もなく、従順にベルトのボタンを外した。ズボンを乱暴に引きちぎられるのにまかせて、ついでに木島の眼鏡を親切に外してあげた。
昂揚した肉棒がパンツに包まれた輪郭をあらわにしたとたん、木島は唇をくっつけ、まるでアイスクリームを貪るような子供のように無造作に舐めたり掻いたりして、城戸の理性のすべてが舐め尽くされた。
「ああ…おまえ……」
と城戸の興奮した声の中、涎と白い液体が紺色の布の上に、深く浅く染みを描いた。
木島はうんうんと息をしながら、城戸の濡れた下着を歯で半分引きちぎったかと思いきや、大きな肉棒が飛び出してきて顔にぶつかり、あ……うん……と彼は半分驚いて半分楽しんで叫び、それを呑んだ。
あの温かく柔らかい口の中を何度か出入りしただけで、城戸は今にも行きそうと予感している。彼は指を木島の柔らかい髪に深く差し込み、細い首にそって線を描いたが、木島の唇と舌が指に答えるように、触れられるたびにタッチが変わっていたのを感じた。すぐに降参しそうだが、城戸は息を飲んでこらえている。
気がつけば、城戸は咥えられてすぐ快楽の頂上に辿りそうな自分を恥ずかしく思ってきた。木島のやつも、当初は指を二本入れられたとたんにブルブル震えて、無理だと首を横に振っていたのに、今は自らが馬乗りになって、顔が紅潮して泣くような息をして……あいつを乱暴にしようか?…まずい、こう考えるとますます興奮してしまった。今すぐにでもこの艶やかな体の中に入って、最も奥の極楽園地まで一気に辿り着きたいものだ。
外は雨風が強くなったらしく、夜のように暗くなった。掃き出し窓を閉め忘れ、白い紗のカーテンが吹き上げられ、幽霊のように乱舞した。木島は城戸の考えを察して主導権を最後まで握るように、しばらくしゃぶるのをやめ、片手を城戸の首にひっかけて隙なくキスをし、もう一方の手で城戸の手を自分の下に導き、すでにびしょびしょ濡れた後ろの穴を広めようとする。
ああ、俺、何もしなくていいかと、城戸はそのことにますます恐縮し、熱狂的なフェラから意識を引き出そうとし、木島の行動の分析に努める。それは狂気のせいか、それとも何か別の意味があったのか。
だが、木島が絶叫しながらキスを終え、城戸のあまりにも早く入ってきたことに震え、目尻に涙があふれてくると、城戸は下半身の圧迫にあえぎながらも切実に胸を痛める。木島を抱きしめ、その腰を支え、汗で濡れた額を自分の首の側にもたせかけた。「助けてあげるよ」と低くて優しい声で言いながら、城戸は慣れた手つきで、後ろの穴に指をつっこむと、その中の柔らかい筋肉がすぐに温かく包み込んできて、その奇妙な感触に、彼の頭の中で爆発するような音がした。
「あ…うむ…ああ…あ………」
木島は突然の引っ張り合いに弱々しい呻き声を絞り出したが、やがてこの声はだらしなくなる。自分の指と城戸の指が同時に体の中を掻き回しているから、それだけで膨れ上がり、すぐにそれ以上のものが欲しくなった。指で弄ばれている花びらは弱々しく、みずみずしい。木島は溺れる者がわらをつかむように、城戸をつかもうとして、頬や唇や首筋に無闇にこすりつけ、ざらざらした無精髭に突き刺さる痛みは、現実世界で生きていることを思い出させた。
木島の最初の実験より、城戸の指は明らかにあそこの方をよく知っていて、木島のあらゆる弱点を正確に見つけ出すことができる。押されるたびに、その狭い通路は激しく収縮し、木島は耐えがたく身をよじり、鋭い快感が体内を駆けまわった。広げられたままの太腿はしびれていたが、下半身の欲棒は強烈な刺激で再び硬くなっていた。
「いや…あ、城戸…やめといて……」
木島は懸命に体を起こして濡れた指を抜き、腫れと痛みをこらえて城戸の指を抜いた。その代わりに、ハアハア息を切りながら、城戸の大きな肉棒を自分のぬるぬるした入口にこすりつけて、少し押し込むと、口をすぼめ、死ぬように目を閉じ、顔を上げ、どっかりと腰を下ろした。
「あ…うむ…うむ……」
突き刺されたような痛みと歓びに木島は一瞬悲鳴を上げ、自分の口を押さえて城戸の上に倒れ伏したまま、肩をぴくぴくさせて息を失った。
「木島…木島…大丈夫ですか……」
城戸はその生け贄のような壮挙におどろいて、自分の下半身の火照りもかえりみず、木島の背中を撫でてやった。そんな激しいセックスをしなくても、木島と普通に交わしても十分に満足するのに。死にそうなセックス体験と比べて、元気な木島はなによりだ。
「キド…」
木島は数秒後に息と声を取り戻し、ぼんやりと目を開けて顔を上げた。確かにさっきの挙動は凄まじかった。電流がいきなり背骨を伝って駆け上がったかのように、頭を粉々に打ち、一瞬意識を失った。飛び散った感覚が戻ってくると、彼の魂は雲の上に浮かんでいるかのように、満たされた歓びがわめきだして、際限なく多くを求めようとする。
「城戸…」
木島は少しかすれた声で、相手をじっと見る。そして、真剣に宣言した。「動くよ」。そして城戸の肩に押しつけ、腰を動かし、とことん動物の本能に任せた。好き放題に愛せば、またより深く、より激しく、永遠に離れない瞬間により近づくことさえできれば、木島はどの人格に操られてもかまわない。
城戸も狂気にとり憑かれた。彼の最も脆弱で暴走しやすいところが木島の下半身に吸い寄せられた。柔らかな通路の皺が広がっては縮まり、縮まっては広がるこの過程や、この極度に親密に食い込み、肉が癒着する感触が、城戸をますます目の前のこの人に夢中にさせた。ロマンチックな言葉を吐き出す資格も立場もないことはわかっている。誓うことができない時に、ロマンチックな言葉は図々しい無駄話にしか聞こえない。しかし彼は本気に、木島がとても好きで、一刻も離れたくないほど好きで、永遠に離れたくないほどに好きだ。
特にいま、木島の体が衝突に合わせて上下し、反り返って首が美しく反り、汗が頬を伝って喉仏をかすめ、一度出したばかりの肉棒がまだ白く濁るものを滲みだしている。虐げられて美しさで、余計に暴力を誘う。
城戸もさすがに我慢できず、木島の滑らかなお尻を持ち上げ、二人の間にすこし空間を作ってから一気に突き上げると、木島の落ちる力に合わせて、もっとも深いところを強く叩きつけている。木島も変調し、あ…いや……と、苦痛と痛快の混じった、甘えるような柔らかな声を出してしまった。城戸は、字面どおりに受け取ってはいけないことをよく知っている。二人の協力は一層神妙になり、力いっぱいぶつかって、だらしない迎合をして、骨が崩れそうになり、下半身のつなぎ目からねばねばと愛液があふれる。琴の調律ができたし、ドラムスティックも舞い上がっている。一つ一つの音が肉体を貫き、血をかきまぜながら、魂を突き刺すように、想いが流れ、二人は共に狂乱の曲を奏でている。
「行かせて…城戸…行かせてくれ!」
快感が積み重なって危うくなると、木島は喘ぎながら、嵐の中でたった一本の木を摑むように、城戸の肩をつかんでソファの背もたれに押しつけ、行かせて、行かせてと懇願して求めて祈っている。熱い液体は幻の情熱として彼の中から噴き出し、溢れ、二人のからみあった肉体は熱い沼と化した。木島は脱力して城戸の胸に倒れこんだ。くそっ、この男はまだ上半身きちんと着ている。木島は少しの嫉妬と虚しさを感じた。この素敵な合体は、作家鬼島が担当編集者の城戸と共に創った作品だ。
「もったいない……」
木島はシャツ越しに城戸の心臓の騒々しい音を聞きながら、ぼそぼそと呟いた。城戸が何か訊いているようだったが、木島はよく聞こえなくなって、だんだん意識が朦朧としてきた。まあいいか、全部譲ってやるよ、この悪質官能小説家鬼島に。

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